BLドリーム
 レンアイIQ

 朝に限られるやさしい太陽の光が武蔵野森の松葉寮をやさしく照らす。
 空は見渡す限りの晴天で雲ひとつない。
 こんな日は外に出ておもいきり太陽の光を浴びたくなる・・・が。

「おい三上、せっかくの休みなんだからインターネットばかりしてないで外に行ったらどうだ」
 渋沢が最近あまりに閉じこもり気味な同室者を気遣って言う。
 しかし三上は、
「うるせーよ。別にどうしようが人の勝手だろうが」
 と、言い返した。
「だが最近のお前は休みとくればいつも部屋にいるじゃないか。身体によくないぞ」

 ったく渋沢のやつ段々じじいより姑っぽくなりやがって。お前だって外に行っても、本屋にちょろっと行ってすぐ帰って来るくせに。

 だが、これを本人の前で言うとまた説教が始まるので黙っておく。
「じゃあこの部屋からちょっとでも出ればいいんだろ」
 と言いながらドアを開ける三上に、
「出たらすぐに入ってくるのは無しだぞ」
 と、きっちり釘を刺すのを渋沢は忘れない。
「ぐっ・・・」
 よく三上のことを分かっている渋沢(さすがだ)にもう言い訳が出来なくなり、言葉を詰まらせてしまう。

 そんな時、隣の部屋から物音が聞こえてきた。
「なんだ・・・?」
 三上と渋沢の部屋は、寮の3階の一番西側の隅にある。その隣は寮の都合らしく空いていて、今まで大掃除以外で物音一つ聞こえなかったのだ。
 その部屋の前には机やタンスなど家具がたくさん置かれていて、引越しの配達員が他の荷物も運んでいることから、転入生が新しく隣の部屋に暮らすことが分かる。
「ふ〜ん。どんな奴だ?」
 ガターンッガタドカ!
「!?」
 激しい物音がしたと思ったら、大きな声で「いって〜!」なんて言っている声が聞こえてきた。
「誰かーっ助けてくれぇ〜」

 げっ!俺は助けたくないぞ。めんどくせーし。引越しの誰かが助けてやるだろ。

 渋沢はすかさず逃げかけた三上の腕をつかんだ。
「よし、俺と三上で彼を助けよう」
「え!?な・・・」
「ほら行くぞ」
「嫌だよめんどくせー!!何で俺が!助けたいんならお前一人でやればいいじゃねーか!俺を巻き添えにするなー!!」
 そんな三上を無視して渋沢はさっさと隣の部屋に入ってしまった。

「おい大丈夫っ・・・」
 渋沢の言葉が途中で切れてしまったのは無理なかった。
 助けを呼んだ少年はなんと、何冊あるのか数え切れないほどのエロ本に生き埋めにされていたからだった。
「た、助け・・・。もう死ぬ・・・」
 だが、見た目と違い中身はぴちぴちの15歳の渋沢は、エロ本のせいで完全にフリーズ状態になってしまった。
 そんな渋沢とエロ本に埋もれて死にかけている少年を見て、三上は「俺が助けるしかないのかよ・・・」とうんざりしてしまう。
 取りあえずエロ本を掻き分けることにした。
「エロ本だけじゃなしにビデオもあるのかよ。うわ、しかもこれ裏ビデオだし」
 しかしいちいち物色しながらどけているのでかなり時間がかかっていた。
 やっとうつ伏せの上半身が見えてきたので、そのままエロ本の山から引っこ抜いて仰向けにしてやる。
「ふ〜ん。もっとスケベそうな顔かと思ったな」
 少年はうんうんうなっていたが、なかなかの美少年だ。
 髪は染めたのか地毛なのか分からないが茶色い色をしていて、眉毛はいじられた様子はなく整っていた。瞑られている目を縁取る睫毛は長くて量が多い。鼻はすっとしていて、唇は薄い珊瑚色をしていてまた形も良かった。
 全体的にかわいらしいつくりの少年だった。
 だが三上はそんな少年の鼻を摘んだ。
「おい、スケベ野郎。起きろー。起きないと鼻摘むぞ」
「ふ、ふがが!」
 もう既に三上に鼻を摘まれていた少年は慌てて起きて、鼻を摘まれている手を振りほどいた。
「い、いてーな!か弱いけが人に何しやがるんだ!」
「命の恩人に言う言葉がそれかよ」
「それには礼を言うけど何も鼻を摘むこたねーだろっ」
 などと言い合いをしているうちに藤代と笠井がやって来ていた。
 渋沢も復活していたので、藤代と笠井はことの成り行きを渋沢に聞いていた。
「だいたいお前二年のくせにエロ本はまだいいとして、裏ビデオは早すぎるだろ」
「俺は三年だよ!別にあんたなんかに文句言われる筋合いはないね」
「へー。三年なんだ。名前なんて言うの?」
 突然藤代が二人の間に入ってきた。
「あ、俺。よろしくな!今日からこの部屋に引っ越すことになったから」
 いきなり割って入ってきた藤代に大して驚きもせずに、彼は明るい笑顔付きで自己紹介をした。
「そっか。俺は藤代誠二、二年っす。よろしく!」
「僕は同じく二年の笠井竹巳です。よろしくお願いします」
「俺は渋沢克郎だ。よろしくな」
 みんな次々と自己紹介してきたのでも嬉しそうに会話を弾ませている。
「俺のことはみんなって呼んでよ」
「じゃあ俺は誠二ね!」
「僕は竹巳で」
「俺は好きに呼んでくれて構わない。ところでは何組に転入するんだ?」
「確か八組だったよ」
「げ・・・俺と渋沢と同じクラスかよ」
 急にしゃべった三上には思い出したように、
「あ、何だ。あんたまだいたのか」
 と、言ってしまった。
「!こいつっ!」
 むかっ腹を立てている三上には悪いと思わずに三人は吹き出していた。
「三上先輩にいきなりそんなこと言うなんて、先輩やりますねー」
「いいんだよ竹巳。たまには三上先輩に痛い目見てもらうってのも、先輩にとっちゃいい薬になるんだから」
「てめー。本人の前でよくそんな大それたこといいやがるなあ。ああ?」
 そう言いつつ三上は藤代の頭を拳でぐりぐりする。
「いてててて!渋沢先輩助けて!」
「がんばれ藤代」
「そんなぁ・・・。じゃあ竹巳助けてくれー!」
「い・や」
「ひ、ひどいっ!先輩はそんなひどい人じゃないですよね!?」
「えー?どうしよっかなぁ♪」
 ノリのいいはすぐに三人から好かれる存在になっていた。三上を除いてだが。
 他の三人には自己紹介をし合っているのに、自分だけ何も聞かれなかったのでおもしろくないのだ。
「でもすごい数のエロ本っすねぇ」
 ようやく三上から開放された藤代は、足元を埋め尽くすほどあるエロ本を摘みながら言った。
「うん。俺のコレクションなんだー。実家に置いてくると母ちゃんが勝手にベッドの下漁っちゃうからさぁ」
「ふん。エロ本で満足するなんてガキだな」
「何だよあんたさっきから。むかつくやつだな」
「命の恩人に向かって言う言葉か?それが」
「もうお礼言ったろー!くどいやつだな!」
「何―!?」
「もうやめろよ二人とも。同じクラスになるんだから仲良くしたらどうだ」
 二人のやりとりを見かねた渋沢が止めに入った。
「・・・しぶしぶが言うならしょうがないか」
「へ?」
「どうしたんだよ、しぶしぶ。お前のあだ名だろ?・・・もしかして気にくわなかったか?」
し、しぶしぶ
 渋沢と以外の三人が三重奏したかと思うと、今度は三人そろって大爆笑しだした。
 当の渋沢は真っ赤になりながら、
「や、やっぱり渋沢と呼んでくれないか」
 と、それだけなんとか言えた。
「ちぇっ!せっかくいいあだ名わざわざ考えたってのに」
 本当に悔しそうにが言うので渋沢は冷や汗ものだ。


 三上以外の三人がの部屋の引越しを手伝ったので、早く終わることが出来た。
 三上は結局いつもの休みと変わらずにインターネットをやって過ごしていた。
 の引越しが終わって夜になると、渋沢が部屋に戻ってきた。
「おい三上。これからの部屋で藤代達と遊ぶがお前も来るか?」
「俺はいい。あいつに嫌われてそうだし」
「そうか?俺には仲良さそうに見えたけどな」
 何か三上が言おうとしたときにドアがノックされる。
「はい。あ、
 出てきたのはで、まっすぐに三上に向かって歩いてきた。
「なあ。俺の部屋でみんな集まって遊ぶけどあんたも来てよ。エロ本の下敷きになってたところを助けてもらったしさ」
 重ねて笑顔で、
「なんだかんだ言って感謝してるんだ。あ、もちろん嫌だったらいいんだけどな」
 と、言う。
 柄にもなく三上は嬉しくなるが表には出さないで、
「そういうことなら行ってやろうじゃねえか」
 加えてしょうがねえな、などと言う。
 そんな三上を見て渋沢は「素直じゃないなあ」と思い、こっそりため息をつく。

 に招かれて彼の部屋に入るとすぐに渋沢はすっころんだ。
 すでに藤代と笠井は部屋に来ていた。
 渋沢は何にすっころんだかと言うと、の部屋にあるテレビの画面のせいだった。
「ごめんなさい。先輩。俺は止めたんですけど、どうしても誠二が見るって聞かなくて」
「ああ全然いいよ。なんならそれ貸そうか?」
「え、ええ!?本当っすか!」
 画面に映し出されているのは、を押しつぶしていたいくつかあったうちの裏ビデオだった・・・。
「へえ。藤代もちゃんとこーゆーのに興味あったんだな」
「何スか。それ。そーゆー三上先輩だって興味あるくせに」
「俺はそんなのなくても別に女に苦労してねえんだよ」
「確かにあんたモテそうだよな」
「・・・あんたじゃねえよ。三上だ」
「そ、俺は聞いたと思うけど。改めてよろしく」
 人懐っこい笑顔で握手を求められたので黙って握手していたが、ふと、他の三人との違いに気が付いた。
「お前俺の名前聞かないのかよ」
「言わなかったから聞かれたくないのかと思ったんだよ」
「〜亮だよ、亮!」
「ふーん。あ、俺のことはって呼んでくれればいいから」
「俺は好きに呼べば・・・いや、苗字か名前で呼べ」
「じゃあ三上な」
 そんなやりとりをしている間も藤代は裏ビデオを見、笠井は無関係を装い、そして渋沢は死にかけていた。


 次の日の月曜日、朝のホームルームでを紹介するのかと思っていたが、の姿は見えず担任が遅れて来ただけだった。

 そういやあいつ朝の食堂で見かけなかったな。まさか遅刻とかじゃないだろうな。転入早々遅刻なんていくら間抜けそうな顔しててもそこまでは・・・なぁ。

 担任は朝の連絡事項を言うだけでのことはまったく言う気配はない。
 しかしおしゃべりの藤代のせいか、このクラスに転入生がくることはみんなほとんど知っていた。
 クラスメイトの一人がとうとう痺れをきらせた。
「先生、今日このクラスに転入生がくるってほんとですかー?」
「何だ。妙にざわついてると思ったら。やっぱり知っていたのか」
 担任の言葉を聞いて、クラス中がさらに騒がしくなった。
「みんな落ち着け。今日来る転入生だが、まだ来てないんだよ」
「遅刻ですかー?」
 ストレートな生徒の言葉にどう言うべきか担任が考えていると、突然激しくドアを開ける音と共に、
「遅刻しました〜!すいませ〜ん!!」
 と、一階全体に響き渡るような大声が飛び出てきた。
 担任があっけにとられているうちに、はそのままの大声で自己紹介をし始めた。
「俺今日からこのクラスに転入する、!よろしくな!」
 とても元気良くあいさつをしたのはよかったが、遅刻をしたうえに担任を通さずにいきなり自己紹介をしたので担任の顔には青筋が浮いていた。
 そんな担任に追い討ちをかけるように、
「あっ!しぶし・・・じゃない、渋沢と三上おはよう!あそこが俺の席だよね。どもども、ご近所さんよろしくね〜」
 と、全く悪気が無く言うのでついに担任がキレた。
〜!お前は転入初日で早速遅刻か!しかも全く悪気無く!せっかく俺がお前のためを思って遅刻したとクラスの奴らに 言わないでおいたのにそれを!もうお前は席に座らずそのままたっとれい!」
「ええ〜!?そんなぁ。それはあまりにひどいですよ〜。俺、転入ほやほやっすよ?」
「関係あるか!ほら、さっさと行く!」
 どっとクラス中からウケられて、はじゃあもっと盛り上げるために何かギャグのひとつでもと思ったが、担任がものすごい顔で睨んでいたので止めておいた。

 その日のを何となく三上は観察していたが、あまりのひどさに思わずため息が出てしまう。
 一時間目の国語はいきなり爆睡をし、二時間目の理科の実験では普通に教科書通りやれば絶対に間違えるはずが無いのに、試験管の中を大爆発させた。三時間目の体育は三段の跳び箱を何度も突進しては崩していたし、四時間目の音楽は立ちながら寝ていた。
 昼の時間は渋沢がを誘ったので三上も一緒にと食べることになった。その時のは一番生き生きしていて、渋沢が断れないのをいいことにかなり彼の昼食を貰っていた。
「三上の食べてるパンおいしそうだな〜vいいなぁ。ほしいなぁv」
 フル笑顔でかわいらしく言うので不覚にもドキドキしてしまい、ついなんの文句も言えずにあげてしまった。
「三上、お前にしては珍しくやさしいんだな」
「ばっ・・・!こいつがもの欲しそうな顔するからつい食わせてやったんだよ。俺様はもともと優しいだろうが」
「そうだったか?ついこの間藤代が三上のパンを欲しそうに眺めていたらあげるどころか藤代を蹴り飛ばしてたじゃないか」
「ひほいへんはいだな」
 急にが口に物をたくさん詰まらせながら会話に入ってきた。
「ひどくねえよ。俺はバカ代に世間の厳しさってのを教えてやってるんだ」
「というか、さっきは何て言ったんだ?」
「あ?分からなかったのかよ。ひどい先輩だっつったんだよ」
「ひがう。『な』がぬへてる」
「ああ?『な』ぐらい抜けたから何だって言うんだよ」
 渋沢には一言目だけじゃなく、二言目もの言ったことは全く分からなかった。
 藤代もたまに今ののように食べながらしゃべる時がある。その時は三上は全く藤代の言うことが分からないが(分かろうとしないだけかもしれないが)、渋沢は割と分かる。
 なら何故昨日会ったばかりのやつの言っていることが三上には分かるのだろうか。
「・・・」
 ある考えに至ったが、これは考えすぎだと思い渋沢は深く考えることをやめた。

 一方三上はまたのことを観察していた。
 三上はあまり意識していないようだが、知らず知らずのうちについを見ている。

 こいつ、静かにしてればクラスの女達がほっとかなかったろうな。
 何でこんなに馬鹿なんだろう。いや、馬鹿ってより間抜けで出来そこないのあほんだらだよな。
 まだあのバカ代のほうが賢く見えてくるぜ。

 かなりひどいことを考えながら、それでもから目を離さずにじっと見ていた。
「んん!?何だよ三上。そんなに見たってもうさっきのパンは返してやらないからな!のどに手をつっこまれても吐いてやるもんか!」
 三上がじっと自分を見ていたのは、やっぱりさっきのパンを三上が返して欲しいと思って見ていたのだと解釈して、出すもんかと口を手で塞いでそう言った。

 か〜っ食い意地が張ってやがる。しかもあんなほそっこい身体でよくそんなに飯が入るな。
 結局渋沢の飯半分も食べやがった。一限から寝てたのはこの昼飯の時間のためにエネルギーを溜めていたなんてことはないよな。
 本当にそうだったとしたら俺は呆れるよりむしろ尊敬しそうだぜ。
 普通飯のためだけにそこまでやる奴はいないからな。

 五時間目の社会は三上の予想通りというか、は大爆睡をかましていた。
 しかも爆音とも言えるいびきつきで・・・。
 社会の教師は幸いにも新米で気が弱かったので、何のおとがめもなく寝つづけることができた。
 しかし新米教師は泣く泣く授業を進めていて、クラスのみんながそんな教師を哀れんで見ていた。
 さすがの三上も新米教師がかわいそうでならなかった。

 六時間目の数学は三年八組の授業の中で一番怖い教師が受け持っている。
 親切な渋沢がそのことをわざわざに教えてやっていたが、「どうにかなるっしょ」とのんきに言っていた。お礼もきっちり言っていたが。
 三上の、いやクラスみんなの予想通りは寝てしまった。
 数学の教師は転入したての生徒なのでしばらくは何の注意もしていなかったが、
「ん〜。ダメだったらナミぃ。・・・んん、そんなとこ触るなってば。いやらしいなぁナミは。今夜は俺を寝させない気かぁ?」
 幸せそうに中学生らしくない妖しい寝言をは言ってしまったのだ。
 しばらく沈黙が続いたかと思ったら、数学教師は今にも血管が切れそうな形相でを叱る。
「いぃしぃかぁわぁ〜!!お前は転入生だから少しは遠慮してやったのにそれを踏みにじりおってぇぇ!聞けばお前は今日一日中寝たり騒ぎを起こしていたようじゃないか!」
「あれぇ。ナミは???」
「寝ぼけるなー!!!」
 スッパーンと小気味のいい音が教室中に響き渡る。
「いって〜!生徒に暴力ふるってもいいのかよっ!」
 どうやらいつの間に取り出したのかは分からないが、埃のたくさんついた箒でひっぱたいたらしい。
「お前を叩いたところで文句をいうやつはおらん!」
 クラスのみんなは教師に同感のようだ。
 無理もないのだが、全然悪気のないはみんなひでーよ!などと叫びながら数学教師に説教されるために教室からひっぱり出されていった。
 転入初日では悪い意味で有名になってしまった。

、部活は何部に入るつもりなんだ?」
「帰宅部v」
「バカかお前。うちの学校は必ず部活に入らないといけないんだよ」
 また渋沢との会話に入ってきた三上にはむっとする。
「俺は渋沢と話してたの。それにそんなこと俺が知るわけないだろ」
「うるせーな。わざわざ俺が教えてやったんだろうが。感謝しろ」
「するかよ。よけいなお世話だ」
「何―!?」
「おいやめろよ二人とも」
 ここらへんで止めておかないと二人はずっとケンカをしそうだったので、渋沢は二人の間に入りながらケンカを止める。
「けっ!こんなにバカでアホで間抜けなむかつく奴ははじめてだぜ」
「何だとこのタレ目野郎!」
「三上!もいいかげんやめろ」
 二人とも『ちっ』とか『へんっ』とか言っていたがなんとかおさまった。
「で、はまだどこに入るか決めてないんだよな」
「うん。でもどこに入っても結局サボるから同じだけどな」
「もしよければサッカー部に入らないか?俺や三上、藤代に笠井もみんなサッカー部なんだ。お前が入ったらあいつら喜ぶぞ。かなりお前に懐いていたし」
「俺はこのアホが入ってもちっとも嬉しくないぞ」
「アホって言うなよ!俺三上がいる部活なんてぜっったいに行かないからな!」
 そう言うや否やはさっさと鞄を持って帰ってしまった。

 あいつ俺のこと本当に嫌ってやがるな。

 そう思うとなんだか三上は胸のあたりが冷たくなったように感じた。
 しかもちくちくとした痛みも伴って。

 ふん。俺は別にあんなアホに嫌われても何とも思わないんだよ。
 だからこんな胸の痛みなんてただの錯覚だ。


「三上、今日は調子が良くなかったな。何か気になることでもあったのか」
 部活が終わり部屋に帰ると渋沢はそう言ってきた。
「別に何もねえよ。・・・風呂入ってくる」
 武蔵野森の寮は私立校だけあって部屋に一つづつユニットバスがある。しかも地下に大浴場もあるのだ。
 三上は今回は大浴場に入るつもりだ。これ以上渋沢といるとよけいなことまで聞かれそうで逃げるように大浴場へ向かう。
 大浴場は午後の六時から十一時まで入ることができる。今六時になったばかりなので空いている。

 人が多いときは入る気がしねえけど、やっぱりたまには広い風呂でゆっくり浸かりたいしな。

 三上にしてはジジくさいことを考えながらタオルを腰に巻いて風呂場に入っていく。
 すると音痴な鼻歌が聞こえてきた。

 誰だよ。せっかく一人で風呂を楽しもうと思ったのに。しかも音痴な鼻歌なんて歌いやがって。

 そう心の中で悪態をつきながら身体を洗いにいこうとしたが、
「げ!三上!!」
 どういうめぐり合わせなのか、が頭にタオルを乗せて浴槽に浸かっていた。
「下手くそな鼻歌歌ってるアホ野郎は誰かと思ったらお前かよ」
 憎まれ口をたたいた三上のケンカを買うのかと思ったら、はぷいっとそっぽを向いた。
「ふん。俺の言ったことに何も答えないってことは俺の言ったことを認めたって解釈するぜ。いいのかそれで」
 相変わらずは無視をしている。
「けっ!かわいくねー」
 としては可愛いなんて言われる方が気に食わないので、当たり前だろバカ三上と言ってやりたかった。しかし、それを言うと無視していたのが意味無いものになってしまうのでやめた。

 っとに可愛くねえ。こいつの取り柄って顔だけじゃねえのか。と言っても今日一日中見てて分かったことだが、こいつはほとんどアホ面しかしていなかった。そうなると何の取り柄もないろくでもなしじゃねえか。
 なのに何で俺はこんなやつにちょっかい出してたんだろうな。
 そう思うとなんだか自分が馬鹿みたいに感じるな。
 まさかこいつの馬鹿が俺に感染したんじゃないだろうな。だとしたら冗談じゃないぞ。

 またかなりひどいことを考えていたので三上は黙り込んでいた。
 そんな三上を見て、今のうちにさっさとここから去ろうとは思い、浴槽から出ていこうとする。
 三上は何か言ってやろうかとを見たが、何も言わなかった。
 そのままは風呂場から出、三上は身体を洗い始めた。

 ・・・馬鹿が感染したらたまんねえからこれ以上かかわるのはよしておこう。

 その日の夜、渋沢がまたの部屋に遊びに行った。三上も誘われたがかかわらないと決めたので断っておいた。
「しかしお前、仮にも受験生なんだからそんなに遊ぶなよ」
「藤代がまた遊びたがってるから付き合うんだよ。それにしても三上らしくない言葉だな。何かあったのか?」
「別に何もないって言ってるだろ。早く遊びに行けばいいだろ」
「じゃあ行ってくる。来たくなったらいつでも来いよ」

「三上は来ないそうだ」
「別にあんなやつどうだっていいよ。早く渋沢もせんべい食べなよ」
 これ、うまいんだぜーとボリボリせんべいをほお張りながらはのんびり言う。
「三上も多分悪気があって言っている訳じゃないと思うんだ。だからあいつのこと許してやってくれないか」
「許さん。許してほしいなら本人から言うだろ。あいつからは悪口しか聞いたことねえもん」
 きっぱりに言われてはどうしようもないが、何となく二人には仲良くなってもらいたかった。ケンカをされると何かと面倒だし。
「あいつは素直じゃないんだよ。本当はに誤りたいと思っているはずだ。多分」
「多分・・・って」
 ルームメイトとはいえ渋沢は三上のことが完璧に分かる訳ではないので、そう言うしかなかったのだが、言われたはとても信じられなかった。
「でも三上先輩って先輩のこと気に入ってる気がするな」
 笠井と仲良くせんべいをほお張りながらテレビを見ていた藤代が二人の会話に入った。
「そうかぁ?俺はただムカつかれてる気がするけどな」
「でも小学生のガキってよく好きな子を苛めたりするじゃないっすか。それと同じで先輩にちょっかい出してる気がするな」
「違うだろ。それにそれが本当だとしたら誠二だって三上に好かれてるってことになるんじゃないのか?」
 のその台詞を聞いたとたん藤代は真っ青になった。それだけじゃなく脂汗が吹き出て、呼吸もかなり荒くなり辛そうだ。
 苦しそうな藤代を見て渋沢はすかさずフォローする。
「だが、藤代の時は藤代から三上の気に障ることばかり言ったりやったりするが、はいつも三上から一方的にちょっかいかけられていただろう」
「だからそれはただ単に俺のことが気に食わないからだろ」
「三上先輩は気に食わない人は徹底的に無視しますよ」
 その笠井の一言にはどうやって反論しようか考えていると藤代と渋沢が追い討ちをかける。
「確かにそうっすよ!三上先輩素直じゃないしかなり面食いだし!」
「ああ。藤代の言うとおりだ。俺もそう思うぞ」

 うっ・・・。何なのこいつら。そんなに俺が三上に気に入られていることにしたいのかよ。俺は嫌だぞ。あんなにごちゃごちゃ言われて気に入られるなんてとてもじゃないが思えない。いやまてよ、その前に藤代が何か気になることを言わなかったか?

「さっき面食いとか言わなかったか?」
「言ったけどそれがどうかしたっすか?」
「いや、三上が面食いなら俺は気に入られるわけないだろうと思ってさ」
「・・・もしかして先輩って自分の顔不細工とでも思ってるんですか?」
「なんだよ竹巳。当たり前だろうが。俺は生まれてこのかた出来損ないやらアホやら馬鹿やらスケベやらゴキブリのような男だと言われてきたんだぞ。そんなやつ面食いの人間が気に入るわけないだろが」
「先輩ってかなり鈍い?」

 ため息つきながらそんなこと言うなよ竹巳め。俺のレッテルが増えちゃうじゃねえか。
 あ、渋沢と藤代までうなずいてる。ひどい・・・。

「そんな被害者みたいな顔しないでくださいよ。先輩は十分モテる顔なんだから。俺達は褒めてるんすよ」
「俺がモテるぅ?女の子に告られたことないぞ」
「それは先輩の中身が問題なんだよ。今日一日で学校中に先輩が問題起こしたこと広まってるんだから。もうちょっとまじめに授業受けたらどうっすか?って俺が言うのもなんだけどさ」
 確かに藤代には言われたくないなぁとぼやくと藤代はひでーよ先輩と言っていたが無視しては話し始める。
「でも俺、保育園児の頃からだらけてたし、エロかったからな。もう治らないんじゃねえかな」
「モテたいのなら治すべきですよ。先輩の顔ならすぐに女の子が寄ってきますよ」
「ま、まじかよ・・・!そんなに言うと俺単純だから信じるぞ。いいのか!?」
 真剣な顔をして笠井に問い詰める。
「信じていいですよ。でもだらけ癖とかを治さないと駄目ですよ?」
「じゃあ明日から俺、ちょっとがんばっちゃおうかな!」
 話にひと段落ついたところで渋沢は三上の話に戻すことにした。
「まあそういうわけだからあまり三上を嫌わないでやってくれよ」
「ふん。あいつに好かれてるとは思えないが、あいつの態度次第だな。あいつの態度が良ければ俺もやつと友達になりたいしな」
「何だ。やっぱりお互い嫌いあってないんじゃないか」
 渋沢は嬉しそうに言ったがは、「やっぱりって何さ」とつまらなそうにつぶやいていた。

 それから渋沢たちが自分の部屋に帰ったのは十一時だった。
「ん?まだ起きていたのか、三上」
「・・・俺はいつもこの時間には寝てないだろうが」
 やけに嬉しそうな顔をした渋沢が、三上にはなぜか気に食わなかった。
「何かいいことでもあったのかよ」
「ああ、そうそう。よかったな、三上。はお前が態度を直せば友達になりたいと言っていたぞ。案外気に入られてるぞ。よかったな」
「・・・なんでそれが俺にとって良いわけ」
「なんでって、お前ものこと気に入ってるんだろ。俺は見ていてわかるぞ。藤代も笠井も気づいていたしな」
「俺は別にあんなアホのことなんて好きじゃあ・・・」
 渋沢は手を上げて三上の言葉を制し、
「素直になれよ。そんな態度だからが怒るんだよ」
 ごもっともなことを三上に言う。
「あんなうすらボケを怒らしたからって・・・」
「とにかく早く素直になってと仲良くなれよ。ケンカばかりされるとこっちも疲れるんだからな。じゃあ、おやすみ」
 そう言って渋沢はさっさとベッドに入ってしまった。

 こいつ。言うだけ言って寝るのかよ。相変わらずジジくさいことを言いやがるが大した根性だぜ。

 だが三上は心なしか自分の胸の辺りが暖かくなるのを感じた。


 次の日、珍しく寝覚めが良く早く起きてきた三上は、朝食を食べる為に食堂へ向かった。
「おはようございます。珍しく早いんですね」
「笠井。相棒はどうしたんだ」
「誠二ならまだ寝てますよ。あいつも起きるの遅いからもう起こさないでほかってるんです。どうせ野生の勘でおなかすかせて起きてきますし。三上先輩も野生の勘で起きたんですか?」
 笠井は藤代と相棒扱いされたのが気に食わなかったのか、三上にさり気無く嫌味を言う。
「俺はバカ代みたいに食い意地張ってねえよ」
「食い意地は張ってなくても、別の野生の勘で起きてきたのかもしれないじゃないですか」
「どういう意味だよ?」
 笠井は返事の代わりにある場所を指した。
 そこにはとても眠たそうに朝食を食べるがいた。
 三上には笠井の言った事がますます分からなくなるばかりだ。
「じゃあ、そういう訳なんで僕はここから去りますね。がんばってくださいよ」
 何をだよ。と思っていたら、もう笠井は食堂から出て行ってしまった。

 がんばれってまさか、あそこにいるアホにあやまって友達になれってことか。

 何だかよく分からないが、笠井に訳も分からず何か奢らされそうな気がしていた。
 とりあえず声でもかけてみることにした。
「おい」
「……ほわ?」
「お前昨日遅刻してたのに何で今日はそんなに早起きなんだ?」
「ん〜、イメチェン」
「はあ?どこがだよ」
 イメチェンと言う割にははどこも変わったところなどない。寝ぼけて頬がピンク色をしているのがかわいらしかった。
 そんなを見て三上はドキッとしたが、無理やりなかったことにしてしまう。
「今日から俺はマジメになるんだ。マジメになれば女の子にモテるってみんな言うから」
「…モテたいのかよ」
「そらそうだ。三上だってそうだろに」
「俺はモテすぎてうっとうしいからいい」
「けっ!そうかい」
 今気が付いたが三上と割と普通に話をしているのでは今更驚きはじめる。
「三上、相変わらず嫌味だけど割と普通に話せるじゃねえか!」
「当たり前だろ。俺を何だと思ってやがる」
「悪魔とか魔王とか大魔王とか」
「ばかたれ。どれも悪魔じゃねえか」
 そう言って三上は少し微笑んだ。
 ばかたれと言われたので文句を言おうと顔を上げたはそれを目撃する。
「わ、笑った。お前でも笑うんだな」
「失礼なやつだな」
 三上は不機嫌な顔をして見せたけど、心の中では本人には理由が分からないがとにかく嬉しい気持ちがあった。
「生意気なこと言わないでもっと素直になればいいのに。そしたらお前もっとモテるぞ」
「だから俺は別にモテたくねえんだよ」
「へん。どうせ俺みたいな奴がモテようと苦労してるとこ見て影で笑ってんだろ。あ〜ムカつく」
「んなこと俺がやるかよ。お前、俺のことどういうやつだと思ってんだよ」
 今のは俺がケンカふっかけたのかも。かとは一瞬思ったが、今までの三上の行動を思い出すとこれくらいは許されるかと、思い直すことにした。
「お前が悪い。俺に対する態度が悪いから、お前は俺にとってムカつくタレ目野郎って思われるんだよ」
「・・・悪かったな。必要以上に言い過ぎた」
「!?」

 み、三上が俺にあやまってる!?まだ会って二日しか経ってないけど、こいつは絶対自分からは謝らないようなやつだと思ってたのに!

 変な顔をしてじぃっと見られているのに気が付いて三上は思わずどもった。
「な、なんだよ。また何か気に障るようなこと俺、言ったか?」
「いや・・・。まさか三上から謝るなんて思ってもみなくてさ」
「失礼なやつだな。本当にお前俺のこと嫌いなんだな」

 口に出したとたん三上は後悔した。
 もし、「ああ、大嫌いだよ」などと言われたらどうするのか。言われるシーンを思い浮かべるとさらに後悔してしまう。
 こんなのいつもの自分らしくないとは思っていても、やはり心はズキズキと痛む。

「嫌いじゃないよ。ムカついただけ。今は普通に話せてるからムカついてないし」
「え・・・。あんなにケンカしてたのに、てっきり嫌われてると思ったぜ」
「んなわけないじゃん!」
 満面の笑顔でそう告げられて、三上はどうしても止められずに嬉しくなる心を素直に受け止めようと思った。













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