保健夫の悲劇
先日俺は医者を首になった。
何でなったかというと、オペが無い日だから日ごろのストレスを発散しようと思って酒を飲んでいたんだ。
そうしたら何てタイミングの悪いことか、急患だという電話が同僚からかかってきた。
しかもオペができる人間は俺しかいないとのことで、少しくらいなら大丈夫だろうし、俺が手術をやらなかったらその患者はどうなるのかと思い、飲酒運転をして飲酒手術をした。
患者は安定したし、俺も酒が入っているとはいえ自分でも見事と思えるメス捌きだった。
それが俺が酒をやっていた事が漏れなければもっと良かったんだろうけど・・・。
病院の信頼問題に関わるので表ざたにはならなかったが、俺は院長から首を命じられた。
「じゃあ明日の入学式から来てくださいね」
いきなり俺の転機は訪れた。
ここは西園寺学園といって、サッカーの名門校で有名な男子高校らしい。2、3年前に建ったばかりらしく、建物は目新しい。
それで何で俺がこんなところにいて明日から来てくださいなんて言われるかというと、俺が失業して一ヶ月経ったぐらいに何となくこの高校を見ていたら、変な張り紙がしてあったんだ。
『美形保健夫求む!!』
なんの洒落かと思ったが、その時の俺はそのうち無くなってしまう生活費のことで心配していたので、何となくここの高校に入ってしまったのだ。
しかも俺は学生時代からもてていて、顔には少々自信があったのだ・・・。
そうしたら、美人の理事長が来て、大した話もしないで明日から来てくださいねなんて言われたのだった。
でもそれだけ言われても行くだけなら行くけど、その後にどうすればいいのかというと皆目分からない。
「ああ、そうそう入学式に新しい保健夫として挨拶してもらいますから。朝の七時にここに来て、すぐに保健室に行ってください。保健室に白衣置いときますからそれを着て入学式に出てくださいね」
「は、はあ・・・」
色々と謎の面が多くて曖昧に返事をしたら、理事長は親切にも質問に応じてくれると言ってくれたので、俺はまず最大の謎から解くことにした。
「何で保健夫なんです?普通、学校の保健の先生は女の先生しか認められてないんじゃないですか?」
「ええ、そうよ。だけどこの学校が出来た年に保健の先生が生徒に襲われてしまったの。だから今年から特別に男の保健の先生にしたの。今年は特に盛んな子が多く入学してくるから」
「さ、盛ん・・・ですか」
俺は男だからそんな心配はないと思いつつも、何となくびびってしまう。
「ああ、あとさっきも言ったようにこれから学生寮の隣の宿舎に暮らしてもらうから。それでサッカー部寮の隣の宿舎にしてもらったから、怪我した子の看病をしてあげてくれないかしら」
「ええ、いいですよ」
そう、ここは宿舎で生活することも仕事の条件だ。
生活費は給料コミで中々の値段だったので、俺はいい仕事を見つけれたんじゃないかと思う。
俺は早速荷物を運んで今日からその宿舎に生活するつもりだ。
「質問はもういい?また何か分からないことがあったらいつでも言いに来てね」
それで俺は理事長と別れてその宿舎に向かう。
宿舎に向かうと、途中で大きなグラウンドがあってサッカー部らしき生徒達が練習していた。
みんな高校生とは思えないような体のでかさで、俺は少し分けてほしいと思ってしまった。
いや、俺だってそんなにチビなわけじゃないんだけれど、体はあんなにがっしりしてないから羨ましい。
このままずっと見てるわけにもいかないので、俺は今度こそ宿舎に向かおうとした。
が、
「大丈夫か!?」
練習をしていた誰かが足を捻ったらしい。
急にざわついて、その部長らしい生徒が足を捻った生徒に大丈夫かと聞いている。
何となくボーっと見ていたが、誰もちゃんとした応急処置をしないので、医者の血が騒いだのか、俺はそのサッカー部に向かって走る。
「おい、ちゃんと応急処置をしろ!」
急に俺みたいなおっさんが走ってきたのでみんな一瞬驚いたらしい。
けど、そんなことをしている余裕はないだろ!
俺は足を捻った少年の足を掴むと、自分のハンカチを取り出して素早く応急処置をする。
その間その少年は黙って俺に任せたので、周りにいた生徒たちも俺が何者なのか分からないなりにも黙って俺の作業を見ていた。
俺は結構良い成績で大学に卒業したので、こういった簡単な応急処置はまだ覚えていていたので、おかげですぐにできた。
「よし!さっそく保健室に行くぞ」
俺はそう言うや否や、その少年を抱き上げる。
「なっ・・・!ちょ、ちょっと待てよ!恥ずかしいだろうが!!」
そりゃそうだろう。だってお姫様抱っこしてるんだし。
「この運び方が一番都合いいんだよ」
俺だってどうせならこんな自分より身長の高そうな男なんかよりかわいい女の子を運びたいっつーの。
まあとにかく彼の言っていることは無視して、俺はさっさと保健室に向かう。
「俺もついていきます」
かなり落ち着いた感じの、高校生には見えない生徒が言ってきたので、俺は適当にうなずいて三人で保健室に向かった。
明日くる予定だった保健室は結構広くて過ごしやすそうだった。
俺は湿布を探すと、手際よくその生徒につけてテーピングを施す。
「あんた一体何者だ?ここは新しい学校だからOBはいるはずないし・・・」
「ああ、俺は明日からここの保健夫になるってもん。よろしく」
質問に答えながら挨拶をすると、保健夫という耳慣れないことばに二人とも耳を傾げていた。
「保健夫って言ってもちゃんと俺は男だからな。なんかここの高校はワケありで保健室の先生は男にしたんだよ。それで俺が採用されたってわけ」
「ああ、例のレイプ事件か」
このガキ・・・。俺がわざわざ気を使って事件のことは避けておいたのに。
「三上、露骨だぞ」
生徒に見えない貫禄の生徒が怪我をした生徒、三上という子を嗜める。
その生徒らしくない生徒が俺を見ると、丁寧に自己紹介をしてきてくれた。
「どうも、俺は明日から二年になる渋沢克郎です」
「うん、よろしく」
三年じゃなかったのか・・・。
「ほら、三上もちゃんと自己紹介しろよ。先生に助けてもらったんだろ」
うわ、先生なんて言われたの一ヶ月ぶりだし・・・。なんかこっぱずかしい。
「二年の三上亮。一応礼は言っておく」
「素直じゃないガキだな〜」
俺は素直に感想を述べると、その三上という生徒は見るからに機嫌が悪そうな顔をした。
「ガキ呼ばわりするなよな。そんなことじゃあ後で痛い目見るぜ」
「どんな目に遭うんだってんだか」
大人の余裕ってやつか、俺はわざと三上という生徒に向かって鼻で笑ってやる。
すると、とっても悔しそうな顔をするもんだから、俺は面白くってたまらない。
「あのベッドにある白衣って先生のですか?」
このままでは三上が可哀想だと思ったのか、渋沢君が話を変える。
「ああ、もう置いてあるんだ。そう、理事長が明日ここに来て取りに来いって言ってたんだ」
そう言って俺はベッドに置いてある白衣を着てみた。
「うお、ぴったしだし。でも白衣着るのって一ヶ月ぶりだな」
「?前は何の仕事をしてらしたんですか?」
「医者。酒飲んで手術して首になったんだよね」
俺がさらりと言ったので、二人は驚いたらしい。
「おい、渋沢・・・。本当にこんなやつが保健の先生でいいのか・・・?」
ちょっとちょっと、俺の前でそれは露骨すぎじゃないかい、三上君。
「・・・俺からはなんとも」
渋沢君まで俺を見放すのね・・・。
「でも足はもう痛くないだろ?保健の先生なんだからそんな命に関わるような手助けはそうないから安心しとけって」
「そういう問題か?」
三上君がもっともなことを言ってくれたけど、俺はさらりと流すことにした。
「そんじゃ、三上君は一週間は部活禁止ね。渋沢君は部活に戻って、三上君はもう寮に帰ったら」
「一週間もかよ!」
以外に部活熱心だったらしい三上君は本当に悔しそうな顔をしていて、ちょっと可哀相だったけど、ここで足をしっかり治さないと後々後悔する事になる。
だから俺は心を鬼にするぞ。
「我慢我慢!今無理したら後で絶対後悔するんだから一週間くらい大した事無いだろ」
「そうだぞ三上、じゃあ俺は部活に戻るが三上は寮に戻るか?それとも見学しておくか?」
渋沢君がフォローしてくれて、親切にも三上君にどうするか聞いてやると、三上君は何を思ったのか、
「ここにいる」
と、言ってきた。
でも俺は宿舎に向かうつもりだったので、渋沢君と一緒に出て行こうとした。
「おい!なんであんたまで出て行くんだよ!俺は患者だろ、置いていっていいのかよ」
三上君がそう言うので、俺はしょうがなしにUターンするしかなかった。
「それじゃあ三上を頼みますね」
渋沢君はそう言ってさっさと部活に戻ってしまった。
「あ〜あ・・・。俺宿舎に行きたかったのに」
「宿舎?ああ、あんたの暮らすとこか」
「あんたじゃなくて先生だろ、ったく本当に失礼なガキ」
そう言いながら俺はこれから座る保健の先生用の椅子に腰掛けてみる。
「・・・じゃあ」
三上君はむっとした顔をしつつも偉そうに俺を名前で呼び捨てにしやがった。
「せめて先生をつけやがれ」
「それではどこの宿舎なんだよ」
三上君に無視された事も忘れて、俺は困ってしまった。
「え、どこって、宿舎にも色々あるの?」
「あるんだよ。寮が部活ごとに分けられてて、そこに担当みたいな教師が宿舎にそれぞれ一人づつ暮らしてるんだよ」
「ああ、じゃあ俺は多分サッカー部だよ。理事長にサッカー部で怪我した子とかの面倒見てって頼まれたし」
三上君はそう聞くと、いきなり足が痛んでないかのような勢いで立った。
「じゃあ、俺の部屋でくつろご」
「へっ?」
俺の疑問を無視して三上君はずるずると俺を宿舎まで引っ張っていってしまう。
「荷物は運んでおいてくれてるみたいだな」
「・・・何で俺の宿舎に来るのさ」
「、お茶」
このガキ・・・、いっぺん殺したろか。
何て野蛮なことを思っちゃったけど、俺は大人のつもりなので言われたとおりにお茶を出してやる。
あ、洗剤でも入れておくんだった。
お茶を出してやった時に、ちょうど洗剤が目に入って本気でそんなことを思ってしまうあたり、俺は本当に保健の先生が務まるのかねぇ。
「おい、今かなり危険なこと考えただろ」
三上君は案外勘がいいらしい。
「まさか。気のせいじゃない?」
誤魔化すために無理やり可愛らしい笑顔をつくってみる。
「・・・俺みたいなやつ知ってるぞ。後輩だけどかなり腹黒い奴だ」
「失礼な、俺はそんなに腹黒くないぞ」
「そんなにって言ってるあたりがもう腹黒いんだよ」
三上君はそう言ってずうずうしくも俺のベッドに寝っ転がって寛いでしまう。
「あのね。それ俺のベッドなんだけれども」
「じゃあも一緒に寝ようぜ」
そう言って三上君はぐいっと俺をベッドまで引っ張ったので、力の無い弱いおじさんな俺は簡単にベッドに寝っ転がってしまう。
ついでのように後ろから抱きつかれてしまい、俺は自分の部屋なのにちっとも落ち着けない。
「って思ったとおり抱き心地いいな」
「こんなおっさんとっ捕まえて抱き心地いいなんていうなっつーの」
俺がなんと言っても放さないつもりらしく、ぴったりくっつかれて俺は身動きできないでいた。
「おっさんって・・・、いくつなわけ?」
「25だよ」
「おっさんじゃねーじゃん」
くそ〜!なんでまたこんなおっさん捕まえて「おっさんじゃないじゃん」とか言われてよけい引っ付かれてんだ俺は。
なんか言ってる事が訳わかんなくなってきたし、三上君はさっきよりも引っ付いてきたし。
「三上君って甘えたがりやなのか?俺はお父さんじゃないぞ」
「んなわけないだろうが。俺はが気に入ったんだよ」
そりゃあ生徒に好かれてなんぼのもんだと思うが、なんか俺好かれ方がマスコット状態じゃないか?
三上君がもっと俺に抱きついてきた時に、都合よく俺の携帯が鳴り出した。
三上君の隙をついてさっと携帯を取ると、相手が誰か確認もせずに電話に出る。
「はい、あれ磯谷さん?久しぶり〜」
出てみると、俺が医者をしていた頃仲が良かった看護婦の磯谷さんだった。
どうやら近々コンパをやるらしく俺も誘われたのだった。
俺はというと彼女もいないし、仕事も見つかって落ち着いてきたところなのであっさりOKした。
「うん、それじゃあ今週の日曜八時にね」
そう言って電話を切ると、すぐに三上君が質問してきた。
「今の彼女?」
「いいや、前の仕事の友達だけど?」
「何の話だったんだ?」
「コンパだけど?」
「OKしたのか?」
「うん」
そこまで俺が返事をすると、三上君は突然がくっとうなだれてしまった。
「何、って彼女欲しいの?」
「欲しいにきまってんじゃん!それに俺もそろそろいい年だし結婚もしたいし」
「・・・そういうこと言うとジジくさく見えるな」
なんだか感心するように見られると困るな。
まあとにかく三上君から逃げ出せたことだし、まだ家具とか何も移動してないので一人でさっさと終わらせてしまおうと思った。
「俺も手伝う」
足を引きずってそんなこと言われてもなぁ。
「いいよ、けが人にそんなことさせるわけにはいかないよ」
俺が断ったらどことなく悔しそうな表情だったので、なんか可愛いななんて思ってしまった。
三上君はそんなことも知らずにふてくされて、俺のベッドで不貞寝をするつもりらしい。
しばらくしないうちに三上君の寝息が聞こえてきたので見てみると、とっても気持ちよさそうに寝ていた。
布団でもかけてやろうかと思ったときに、ドアがノックされる。
「渋沢です。三上を迎えにきました」
返事をして出てみると、さっき三上君の付き添いでついてきた渋沢君だった。
「よくここだって分かったね」
そう言いながら渋沢君を部屋に通してやると、渋沢君は三上の寝顔を見て笑いながら言う。
「ええ、三上は先生の事気に入ってたみたいだったので、ここじゃないかと思ったんです。そうしたらやっぱりいるから・・・、しかも無防備に寝て、本当に三上は先生のことが気に入ったみたいですね」
そうやって言われるとやっぱり嬉しい。
「そ、そうかな?」
「そうですよ。それじゃあ俺、三上を連れてきますね。本当にお世話になりました」
渋沢君はそう言って三上君を軽々と担いでお辞儀をして出て行った。
なんかすげえ、と思いつつ、俺は一人になってどっと疲れが出て来たようだ。
「なんかハードな一日だったなぁ。これが毎日続いたらおじさん身が持たないゾ」
そう呟いて、俺は今日の疲れを出すかのように長いため息をつくのだった。
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