保健夫の悲劇2
今日は入学式だ。
俺は新入教師の紹介までは舞台袖で控えている。
でもけっこう出番までには時間がかかるのでとにかく暇だ。
しょうがないから舞台袖の隙間から三上君と渋沢君を暇つぶしに捜してみる事にした。
「あ、渋沢君発見」
渋沢君は背が高いのですぐに見つけることが出来た。
次は三上君を捜そうとしたのだけれどなかなか見つからない。
捜しているうちに面倒くさくなって、今度はなんとなく一年生を観察する事にした。
「あの子小さいな〜、うわ〜あいつタラシっぽい、あそこなんか漫才してるし。変な一年が多いなぁ」
もっと普通そうなのはいないのかと思ったころに、もう俺の出番は来てしまったらしい。
先生のアナウンスで俺達新入の教師は舞台に出て行く。
途端にざわついたと思って聞き耳を立てていると、「何だよ、一人も女いないじゃん」とかいった声が聞こえてきた。
しかも、前の女の保健婦に代わって俺が入ると言った時には失礼にも一年だけじゃなく、二、三年までも残念がっていやがった。
むかついたので自己紹介のときに腹いせをしてやる。
「どうもおはようございます。今年から女の保健婦に代わって男の保健の先生になるです。俺もできれば可愛い女子高生相手に看病をしてやりたかったのにこんなムサイ男どもを看病しなければいけなくて非常に残念です。残念なあまり大した怪我などでなければ追い出すかもしれませんが、どうぞよろしく」
俺がそうやって自己紹介したら、もっとブーブー言いやがったので脅しておいた。
「そう言うのならいざという時診てあげないけど・・・それでいい?」
さわやかな微笑でもって脅しつけてやると、やっと静かになったので俺は満足して自己紹介を終えることができた。
入学式が終わって俺は保健室に行って医療器具などを確認していると、三上君がやってきた。
「お前あんな脅迫めいたことして何も言われなかったのか?」
「校長には小言言われたけど、理事長がフォローしてくれたから別になんも。っていうか具合悪いわけでもないのに来るなよ」
「いいじゃねえか、寝坊して走ってきて疲れたんだよ」
ああ、それで見なかったのか。
何にしても安静にしてろって言ったのに走る奴があるか。
「遅刻してもいいから走るのはやめろよ」
「・・・いいのかよ」
そりゃあ俺は保健の先生だから授業よりも健康の事が一番大事だと言うに決まってる。
俺ってもう既に保健の先生の鏡ってやつかっ?なんて自己満足に浸っていると、ドアをノックする音が聞こえてきて生徒が入ってきた。
「すいませんー、こいつ具合悪くなっちゃったんで休ませてください」
「ああ、いいよ。じゃあこのベッドに寝て」
三人で来た真ん中で支えられている子は本当に具合が悪そうな顔色をしていた。
その子の付き添いの二人はかいがいしくその子をベッドに横たわらせてあげる。
「式で気持ち悪くなっちゃった?」
俺は本当の病人には優しいので、優しく聞いたけれど、その子は何故かびくびくしながらうなずく。
「あ、ごめんな先生。こいつ先生の自己紹介聞いてびびってたんだよ」
「しかも具合悪いのは多分寝不足のせいだと思うんです。今日の入学式が楽しみだからって昨日なかなか寝付けなかったって言ってたから」
付き添いの少年達がそう言うと、ベッドの少年は顔を真っ赤にする。
「ああ、確かに寝不足の顔だわな。でも安心しなよ、俺は本当の病人にはやさしいからさ」
笑いかけてやると、益々顔を真っ赤にするので男の子なのに可愛いとか思ってしまった。
「三上君、アイスノン冷蔵庫から取ってきて」
「それで俺はこの扱いなのかよ」
三上君は文句を言いながらもちゃんとアイスノンをもってきてくれた。
「君はこの保健の紙にこの子の名前とかクラスとか、必要事項を書いてくれる?」
付き添いのクールそうな子に頼んだら、返事をしてすぐに紙を書いてくれる。
もう一人の子には何も頼む事がなかったのだが、主人のいいつけを待っているような犬のような目で見てきたので「この子を元気づけてやって」と、いいかげんなことを言っておいた。
けれど、そう時間もなかったので、チャイムが鳴り始めてしまう。
「それじゃあ、後は任せてみんな教室に戻ってね」
付き添いの少年たちは素直に返事をして去っていたが、三上君だけは椅子に座ってじっとしていた。
「ほら、三上君も教室に戻って。二年生になっていきなり遅刻なんて先生に怒られるぞ」
「そんなの慣れてるからいいよ」
「俺が引きとめたと思って怒られるの!」
そう言って保健室から押しやると、三上君は渋々と言う事を聞いて出て行ってくれた。
「ったく世話の焼ける・・・」
具合の悪い少年のベッドにカーテンをしていなかったのを思い出して近づいてみると、まだその少年は起きていた。
「あ、起きてたの?じゃあちょうどいいや。保健の紙の続きをやってもらおうかな。質問に答えてくれる?」
「はい・・・」
うわぁ。不安そうな顔だ。俺そんなに怪しいおじさんかなぁ。
「じゃあ今日朝ご飯食べた?」
なんて質問をしていたらその真田君という子が眠たそうな様子になってきたので、俺はそっとしておくことにした。
それでも警戒心が強いのか、俺がカーテンを閉めても寝ている気配がしない。
けれど、俺は保健室にいてほかに具合が悪くなった子が来たら看病しなくてはいけないのでここからいなくなることはできない。
なんとかしなきゃな。
そう思ってなんとなく冷蔵庫を開けると、昨日暇なときに飲もうと思っていたお気に入りのりんごジュースがあった。
餌付け作戦か。・・・なかなかいいかも。
「真田君、寝た?」
これにはいきなりだったので余計警戒したらしくて、彼の返事はどもっていた。
でも俺は気にしないでおいて、カーテンを開けさせてもらうと、りんごジュースをにゅっと差し出した。
「おいしいよ、これ俺のお勧めなんだ」
「え・・・?」
とりあえず受け取ったものの、どうすればいいのか真田君は分からないらしい。
「甘いもの飲むと落ち着くから嫌いじゃなかったら飲んでね」
「あ、はい・・・」
あ、ちょっと顔が嬉しそうだ。
餌付け作戦が成功したらしく、初めて真田君から話し掛けてくれた。
「・・・先生もりんごジュース好きなんですか?」
「うんあっさりしてるから一番好きかな」
俺がそう言うと、真田君は嬉しかったのか顔を赤くしながらも笑ってくれた。
本当に可愛いなぁ。
でもそんなことを口にしたら、真田君相手だと冗談にはならない気がする。
飲酒手術の次は同性へのセクハラで首になるのか?それは嫌すぎる・・・。
だからせめて微笑ましいような、見ようによってはぬるい笑顔で真田君を見つめておいた。
すると、やっぱりぬるくて気持ち悪かったのか、真田君は急に居心地の悪いような顔をしたので俺は正直焦ってしまった。
「あ、え〜と眠くなったら遠慮しないで寝てよ。カーテン閉めるし俺仕事やってるから安心して寝てね」
「はい・・・」
真田君はさっきよりも顔を真っ赤にして俯きながら返事をしたので、どうやら照れていただけだったと分かった。
それにほっとして、つい本音が出てしまった。
「可愛い・・・」
言った途端、俺はもう首だと後悔したが、真田君はよけい顔を真っ赤にするだけで嫌そうではなかった。
でも一応訂正はしておくことにする。
「えーと、ごめんごめん。俺おじさんだから若い子は女でも男でもすぐに可愛いって言っちゃうんだよね。驚かせてごめん」
「先生はおじさんじゃないですよ。25歳ってまだ全然若いと思いますけど」
ああ、自己紹介ちゃんと覚えててくれてたんだ。
「そう?ありがとね」
つい嬉しくなって真田君の頭を撫でてしまったが、これももしかしたらセクハラになるのだろうか?
だとしたら俺は本当に変態おじさんなのかも・・・。
「そ、そんな子ども扱いしないでくださいっ」
いや、そんな顔真っ赤にして可愛く言われても子ども扱いするなという方が無理というものだよ、真田君。
「ごめんごめん。ま、もう寝た方がいいよ。じゃあおやすみ〜」
そう言って俺は真田君に布団を掛けなおしてやって、ついでに頭を撫でてやってカーテンを閉めた。
閉める寸前に真田君の顔がチラッと見えて、その表情はむっとしていたので、そんな様子が可愛くて思わず笑いそうになったけれどぎりぎりのところで我慢する。
保健室の薬品の在庫を調べていると、すぐに真田君の寝息が聞こえてきたのでやっぱり俺は笑いそうになった。
「お〜い一馬!迎えにきたぞ」
真田君の付き添いできた犬っぽい子がハデに迎えに来てくれた。
「な、何だよその花は・・・!?」
学校の花壇で見かけたような花だった。
「なんか藤代がこれお見舞いに真田にやってくれってさ。ほら」
「い、いらねえよ!」
可愛らしい花ばかりで束ねられた花束はさすがに俺もちょっと遠慮するかも・・・。
「まあ貰ってやれよ!あいつもあいつで心配してくれたんだよ。いいやつじゃん!」
「それとこれとは別の問題だろ!・・・ところで英士は?」
そこでもう一人の付き添いの子がいないことに俺も気がついた。
「英士ならここに行く途中に杉原に会って何か話してたからおいてった」
「そ、そうなのか・・・」
なんだか真田君がその言葉を聞いたとたんにびくびくしだしたのは気のせいだろうか?
「さ!教室に戻ろうぜ」
「あ、うん」
そこでやっと俺は口をはさんだ。
「具合はどう?・・・ならこの保健の紙を担任の先生に届けてから授業に出てね」
そう言って俺は紙を真田君に渡す。
「じゃあ一馬が世話になったよ、ありがとな先生!」
犬っぽい子が元気に手を振って保健室を出て行ったので、俺も手を振り返す。
「え、と・・・。失礼しました・・・」
真田君はちょっと照れた感じで保健室を出て行ったので、聞こえたかどうかは分からないけれど、お大事にねと一言声をかけておいた。
ふ〜っと一息ついて椅子に座って寛ごうかと思っていたら、また生徒がやってきた。
「ちょっと寝させてせんせ〜」
「寝不足?」
「まあ・・・」
そう言ってその生徒はさっさとベッドに寝っ転がってしまった。
これはさぼりだな。
でもちょっと様子が違っていて、ため息をついて悩ましげだった。
まあでもほかっておいた方がいいんだろうと思って、俺は仕事の続きをはじめる。
すると、あまり時間がたっていないうちに、その生徒は急にがばっと起き上がるとこんなことを言い出した。
「先生って恋してる?」
あまりに唐突だったので、俺は思わず間抜けな声を出してしまう。
「はあ?」
そんな俺の鈍い反応に焦れたのか、その生徒はまただから〜と言ってさっきと同じ言葉を口にした。
「いや、してないけど・・・」
「俺してるんだよねぇ。前からそいつのこといいな〜とは思ってたんだけど、同じ高校になって俺もう嬉しくってさ。本当は別の子もいいなぁって思ってたんだけど、寮で隣の部屋になってさ。もうすごい意識しちゃってるんだよね。でもさっきその子が具合悪くなってさ、可哀相だからお見舞いに学校の花壇の花を摘んでプレゼントしたんだ。けれどこっそり見てたら花壇に花を戻してたんだ。もう俺ショックでさぁ〜」
・・・・・ちょっと待て!!
ここは男子校じゃあなかったのか?
共学だったとしても寮はいくらなんでも男女別に分けるし・・・。
しかも具合悪くなった子って・・・!
あの花束はやっぱり学校の花壇の花だったわけか。
いや、そんなことは今は問題じゃない。
要は・・・・・・。
「まさか、君が恋してる子って、まさかとは思うけど・・・、真田君じゃないよねえ?」
「!なんでわかったんすか?さすが男とはいえ保健の先生だ!すごいっす!」
何が流石なんだか良くは分からなかったが、一つ分かったことといえば、真田君は男に好かれちゃってるってことなんだな・・・。
そりゃあ可愛らしいけど、彼は普通にしていれば十分カッコイイ部類に入ると思う。
きっとあと3年ぐらいしたらいい男になるぞ〜。
って今はそれどころではなかった。
「え〜と・・・。君も真田君も男だけど、そこんとこどうなの?」
「愛に性別は関係ないです!!」
まあごもっともといえばごもっともだけれど。
「だからどうすれば両思いになれるか先生に教えてほしいんです!」
んなこと言われても、真田君の気持ちはどうなるんだか。
「そんなこと言われてもなぁ」
「そんなぁ〜!可愛い生徒が相談してるのに〜!先生みたいにいい男なら恋愛経験豊富でしょう!?」
自分で可愛いっていうかねこの子は。
「でも俺は全然参考にならないしなぁ」
「何でですか!どうやって好きな子にアプローチしたらいいかとか、経験あるなら分かるんじゃないんですか?」
「その肝心のアプローチの経験がないんだから教えようがないんだよ」
俺が素直にそう言ったら、その生徒に妬ましげに言われてしまった。
「なんて贅沢な・・・!!」
でもそんなこと言われてもしょうがない。本当のことなんだし。
「じゃあ、先生から好きになった場合はどうしてたんですか?告白しないんですか?」
「ん、えーと・・・」
何て誤魔化そうか考えているうちに、その生徒がまた質問する。
「告白しないならどうやって気持ちを伝えてたんですか?」
「ん、んー」
参った、何て言おう。
「まさか・・・、いきなりヤっちゃったなんてことは・・・」
!!こいつ結構間抜けそうな顔して鋭いな・・・!
「ま、まじでっ?先生って見かけによらず野蛮なんだな!!」
しまった。黙っていたもんだから肯定したと思われてしまった。
まあ、本当のことなんだけれど・・・。
そんなことをつらつらと考えているうちに、その生徒も何か考えていたようで、急にベッドから飛び起きると大きな声で喋りだす。
「そうか!その手があったのか!真田ってああ見えて結構流されやすいところがあるからいきなりヤっちゃえばもう俺のもんってやつかー!?」
そうと決まればこんなところにいられないとか何とか言って、彼は嵐のように去っていった。
「やばい・・・!これで真田君があの子にヤられちゃったら俺の責任じゃあないか?っていうか、あんなにあどけない子をホモにはさせたくないぞ!」
真田君は俺のお気に入りなのだ。
そんな真田君をキズモノ・・・いや、傷つけるような奴は誰だろうと阻止せねばならん!
俺は一人っきりの保健室で力みながら熱くそう誓うのだった。
戻る
≪続くナリ≫