13年前、この里は、壊滅状態に陥った。
それを救ったのは、一人の男と、一人の赤ん坊だった。
男・・・四代目は、里を救った英雄と、崇められ。
赤ん坊・・・ナルトは、化け物と罵られた。
九尾の狐を封印された、その赤ん坊は。
・・・本当は、誰からも愛されて、祝福されるはずだった。
 
 
 
君にありがとう
 
 
 
昨日。
明日は、絶対に、用事を入れないでって、お願いした。
そうしたら、何で?って、切り替えされた。
 
「何でって、そりゃ、お前と一日中、いちゃいちゃしたいからに決まってるでしょ。しかもだよ?明日は、二人共、任務が無いしさ」
「ええ〜?オレってば、明日は一日中、修行しようと思ったのに〜」
「修行なんて、いつでもオレが見てやるって」
「そんなこと言って、見てくれた試しなんて一度もねーじゃん」
「そうだっけ?」
「そう!」
笑って誤魔化そうとしたら、思いっきり、睨まれた。
「とにかく!明日は、絶対、用事入れないでよ!家にいてね。迎えに行くから!」
プピ〜、と、口笛を吹いてみても、ナルトの視線のキツさは、変わらなかったので。
仕方ないから、まるで負け犬の遠吠えのように、噛み付いた。
「わかったってばよ。・・・まったく、何だってば」
ナルトは、何かブツブツ言っていたけど、オレは満足だった。
 
この世で、一番大切な日を、二人で過ごせる約束をしたのだから。
 
明日は、どうやってお祝いしてあげようかな〜?
やっぱり、手作りケーキは外せないよね。
ナルトの為だ。
オレ、頑張って作っちゃうからね!
 
でも、浮かれすぎていたオレは。
そのとき、大切なことを失念していた。
 
その当日。
オレは。
周りの喧噪で、目が覚めた。
 
その日は、祝日で。
普通、祝日といえば、開いている店屋だって、限られてくるし。
任務のない忍は、家でゴロゴロしていたり。
街の人々も、ゴロゴロしていたり、どこか遠出したりで。
朝早くから里が騒がしくなることは、あまりない。
 
「まったく・・・休みの日くらい、静かに寝かせてよね」
頭をボリボリ掻きながら、窓の外を覗いて。
オレの眠気は、一気に吹っ飛んだ。
しまった・・・!
「ナルト・・・!」
顔を隠すのも忘れ、小さくなって、震えているであろう子供の元へ、急いだ。
 
この日、つまり、10月10日は、ナルトの誕生日であると同時に、慰霊祭でもある。
あれから、今日で13年が経ったというのに、未だ参加する人は、少なくなく。
悲しいことに、ナルトを憎んでいる人も、少なくない。
ナルトを認めている人間も、数人はいるのだが、そんな存在は希有で。
忍の中でも、ナルトが忍になることを反対した者が、圧倒的に多かった。
それでも、あの、父親代わりの中忍が、自分の額当てを渡し。
ナルトを可愛がっていた三代目が、太鼓判を押した為、それ以上反対する者は、いなかった。
忍になってからは、そんなことも稀になったのだが。
よく、里の者から、謂われのない暴力を受けていて。
その度に、こんくらい何でもない、と強がっていた。
だが、この日は違う。
ナルトの存在が、記憶を薄れさせないのか。
以前、この日に出掛けたナルトは、生と死を彷徨う暴力を受けた。
 
どうして、そんな大事な事を、今まで、忘れていることが出来たのだろう。
今日一日、オレがずっと傍にいるから、大丈夫だって?
なんて、馬鹿なんだ。
ナルトの傷を知っているくせに。
あの、人の良いあの中忍ですら、まだ、癒せないのを、知っているくせに。
でも・・・。
オレが、その傷、治してやるから。
絶対、治してやるから。
 
いつものように窓から侵入しようとして、戸惑った。
決して大きくはないが、オレ一人が忍び込むには、十分な大きさの、その窓は。
無惨にも、粉々に割られていた。
床には、用を足さなくなったガラス片と、石が何個か転がっていた。
「くそっ・・・」
奥歯をギリギリ言わせ、部屋に入った。
割れた窓で、手が切れたけど、構う暇なんか無かった。
「ナルト!?いないの!?ナルト!」
気配がないので、ここにはいないと、わかっているのだが、呼ばずにはいられなかった。
あの子は、オレの傍では、気配を消そうとしないから。
何度か呼びかけてみても、当たり前だが、返事はない。
足下に、何かが触れる感触がしたので、拾ってみれば。
いつも、窓のところに置いてある、小さい方のオレの人形だった。
それが、やけにボロボロになっていたので、いつも、一緒に寝ているらしい大きい方を探せば。
それは、まだベッドにあった。
・・・ナルトがやったワケじゃないみたいね。
恐らく、窓を割られたとき、巻き添えを食ったんだろう。
自分を模しているモノだからではなく。
不器用なあの子が、一生懸命作ったモノだから、こんなにした奴に、腹が立った。
 
「あとは・・・ここだけか・・・」
ナルトの行きそうなところは、全部廻った。
もちろん、一楽も覗いた。
念のため、イルカの家にも行った。
どこにも見当たらなかったので、最後の望みを賭け。
ナルトの教えてくれた、秘密の場所に来た。
ナルトの家を中心に、火影岩とは逆の方向。
だけど、火影岩がよく見える、丘。
その丘を駆け登って行けば。
一本の古木の根元に、探し求めた愛し子が、丸まっていた。
「ナルト」
声を掛けると、ぼんやりと、オレを見た。
 
胡散臭そうにオレを見やり。
「何だってば・・・?」
何か、どうでも良さそうな返事を返してくれた。
理由はわかっていても、その態度に、ちょっとムッとした。
「何だ、じゃないよ。オレ、昨日、家にいてって言ったじゃん。迎えに行くってさ」
「そうだっけ?」
「そうだよ。おかげで、探し回って、疲れちゃったよ」
「ふ〜ん。先生って、以外とオジン・・・」
「何!?ちょっと、今の何!?オレ、まだ、ピッチピチの26歳よ!?」
「この前、誕生日が来たから、27じゃん」
「・・・とにかく、約束したんだから。今日は、オレといるって。守ってよ」
口調だけなら、いつもと、そう変わりはなさそうだが。
どんよりとした空気が、ナルトを覆っていた。
普段の、太陽のような子供は、どこにもいなかった。
「何で、イルカ先生じゃないってばよ」
「オレが、替わってって言ったから」
「は?何で、そんな余計なこと、するってば」
「いいでしょ?別に。オレ達、恋人同士なんだし。一緒にいたいって思ったって、いいじゃない」
そう言えば、ナルトは、オレから視線を外し、また、寝転がった。
 
あの時から、毎年。
教師に成り立てだったイルカが、ナルトの傍で、この日を過ごした。
しかし、今年からは、その役目を、オレがすることに決めた。
いい加減、親離れさせなきゃいけないし。
しかも、イルカは、ここの所、アカデミーの仕事が立て込んでいるらしく、いい機会だと思った。
ところが、ナルトには、それが気に食わないようだ。
昨日、約束したことは、すっかりどこかに追いやってしまったらしい。
「カカシ先生。一人にしてってば」
一向に立ち去る気配のないオレに、苛立ったのか。
ナルトは、トゲトゲしく言った。
「嫌だよ。確かにさ、お前の家にも行ったから、わかるよ?あの状態じゃ、いたくないってのはさ。でも、それなら、オレの家に来たってよかったでしょ?何で来なかったの?」
寝転んでいるナルトの背中を撫でると、振り払われた。
パシッ、と音をさせた手を、ナルトは、驚いたように見ていたが。
すぐに、眉を顰めて、元の体勢に戻る。
「別に。理由なんて、ないってばよ。何となく、先生に、会いたくなかったから」
「何それ?会いたくないって何?」
「だから、別に理由なんてないってば」
嘘。
理由なんか、お前の顔に書いてあるじゃん。
忍としては、失格だけどね。
ま、そんな素直なところが、お前の良い所だからなぁ。
 
「オレは、会いたかったよ」
「ふ〜ん」
気のない返事を返されても、構わず続けた。
濁った蒼じゃなくて、澄み切った蒼を見たいから。
「お前と、今日という日を過ごしたかったから」
・・・早く、言いな。
「・・・何で、そんなに、今日に拘るってば?別に、明日だって、明後日だっていいじゃん」
「拘るよ。今日が何の日か、知らないの?」
・・・怖かったって、言いな。
「・・・四代目が里を救った日」
「他には?」
・・・辛かったって、言いな。
「・・・四代目が死んだ日」
「他にもあるでしょ?」
・・・寂しかったって、言いな。
「・・・オレに、九尾が封印された日」
「もっと大切なことがあるでしょ?」
・・・傍にいてって、言いな。
「・・・カカシ先生、何が言いたいってば?これ以外に、何かあるってば?別れ話でも、切り出したいの?」
さっきまで、顔に張り付かせていたモノを、全部隠して。
普段の様子からは、信じられないくらい、どんよりと、曇った目を向けられた。
そう。
思わず、溜息が出てしまうくらいの。
ナルトは、のそっと起き上がると、木に寄り掛かった。
「あのねぇ、オレは、お前が別れたいって言っても、別れる気はないから。それは、何度も言ったでしょ?覚えといてよ」
「じゃあ、何だってばよ」
「・・・お前が生まれた日でしょ?」
「・・・それが?」
この子は、毎年、この日だけは、家から一歩も出ずに、布団の中で蹲っていた。
それを知っていても、オレには何もできなかった。
イルカが、黙って傍にいるのを、眺めていただけ。
だから、本当は、こんなこと言えた義理じゃないかもしれないが。
「うずまきナルトが、この世に生を受けた日でしょ?これほど、大切なことが、他にあるっていうの?少なくとも、オレにとって、四代目が里を救ったことよりも、お前が生まれてきてくれたことの方が、大事なんだけど?」
オレの言葉を黙って聞いていたナルトは、悔しそうな顔をして、そっぽを向いた。
「でも、オレは、生まれてこなくたってよかった」
「ナルト・・・!何言ってるの!?生まれてこなくてよかったって、何!?こっち向きなさい!」
信じられなかった。
いつもいつも、口を開けば、火影になると言って、憚らないのに。
ナルトの口から、そんな言葉は聞きたくなかった。
「オレは、化け物の器にされる為に生まれてきたんだろ?だったら、生まれてこなくたって、よかったじゃん!」
 
バチンッ。
鋭い音が、ナルトの頬から鳴った。
そう、オレが、ナルトの頬をひっぱたいたからだ。
何が起きたのか、一瞬わからなかったのだろう。
ひっぱたかれた格好のまま、目を見開いて、固まっていた。
「・・・謝らないからな。叩いたこと、謝らないからな。何で叩かれたか、わかるよな?」
オレも、叩いたときの格好のまま、固まっていた。
手と、声が、震えていた。
悲しかった・・・。
とても・・・。
この子が、悲しかった。
この子をこんな風に、ねじ曲げた、里が、悲しかった。
この子の傍に、いてやれなかった、オレが、悲しかった。
だけど、ナルトは、堰を切ったように、怒鳴りだした。
「何で!?だって、そうだろ!?オレが生まれてこなけりゃ、四代目が死ぬことはなかった!化け物だって、罵られることもなかった!石をぶつけられることもなかった!・・・お前のせいで、みんなが死んだって言われることもなかった!!」
バチンッ。
また、ナルトの頬を鳴らした。
「何でオレなの!?何で、オレじゃなきゃ、いけなかったの!?それって、いらない子だったからだろ!?」
バチンッ。
「イルカ先生の両親だって、カカシ先生の大切な人だって!ほかにも、たくさん!誰かの大切な人を殺した、九尾の器なんて!やっぱり、生まれてこなくてもよかったってことじゃん!!」
バチンッ。
叩かれすぎたナルトの頬は、赤くなっていた。
叩きすぎたオレの手の平も。
ナルトは一頻り怒鳴ったからか、肩で息をしている。
だけど。
悲しいかな。
ナルトの目には、涙一つ、浮かんでいなかった。
「どお?もう、満足した?自分が、いらない存在だって、確認できて、満足した?」
声が、震えた。
こんなに。
本気で、怒ったことなんて。
今までにあっただろうか。
「ふざけんじゃないよ!お前、自分で、何を言ったか、わかってる!?生まれてこなくてもよかっただって!?お前が、生まれてきたとき、喜んだ人間が、何人いたと思ってんの!?」
「じゃあ、何で!器になんかしたんだってばよ!」
「まだ、わからないの!?」
「わからないってば!」
こんなに、ナルトと、心が通じ合わないのは、初めてだった。
彼は、何をそんなに不安がっているのだろう。
オレでは、その不安を、吸い取ってやることは、出来ないのだろうか。
ナルトのことを、全部知っていると思っていたのは、オレの、勝手な独り善がりだったのだろうか。
・・・オレ一人に愛されるだけでは、足りないのだろうか。
「決まってるでしょ!四代目は、お前を、みんなに愛してもらいたかったから!自分がいなくなっても、お前のことを愛してもらいたかったから!お前が里を救ったんだって、英雄なんだって、思ってもらいたかったから!」
「嘘だ!」
「嘘じゃない!!オレは、四代目を一番近くで見てきたんだ!その、一番近くで見てきた四代目がオレに言ったんだ!カカシ君、この子は、里を救った、英雄になるんだよってね!みんなに愛してもらえる、世界一幸せな子供なんだよってね!」
「何で!?そんなの信じられるわけないってばよ!だったら、オレは、どうして・・・!」
頑なに、オレの言葉を受け入れようとしないナルト。
本当は、泣き出したいだろうに、泣けない、ナルト。
オレの方が、泣きそうだった。
「確かに、結果は、こんなだけどね。お前が生まれたとき、四代目は、そりゃあ、喜んだんだよ?そして、とても悲しんだんだ。自分が死んでしまうことよりも、お前の傍にいてやることが出来なくなることをね」
「嘘だってばよ、そんなの・・・」
「嘘じゃないよ。彼は里を守らなければいけない、火影だったからね。里を選んでしまったけどさ。本当は、お前を選びたかったんだよ。お前だけを、愛してやりたかった」
「そんな・・・、そんなの・・・嘘だ・・・」
今までの勢いが、嘘のように、ナルトが発する言葉は、段々力が抜けていった。
そして、地面にへたり込んでしまった。
「本当だよ。それにね、お前が生まれてきて、喜んだのは、四代目だけじゃないよ。三代目だって、とても喜んでいたよ。もしかしたら、自分の孫の木の葉丸が生まれたときよりもね」
「・・・じゃあ、カカシ先生は?」
「オレだって、喜んだよ。こんなに可愛い子が、生まれてきたんだ。嬉しいって思わないはずないだろ?」
「・・・じゃあ、何で、オレの傍にいてくれなかったってば」
この子は、時々、鋭くなる。
それも、後ろめたいものがあるとき。
だけど、誤魔化すことなんて、オレには出来なかった。
それは、土壇場で、ナルトを裏切ることになるから。
「・・・怖かったからだよ」
「怖かった?怖かったって、何が?オレの中の九尾が?カカシ先生も、オレのこと、化け物って思ってたんだ」
憎たらしげに、オレを睨んで、顔を歪めた。
だけど、その視線を避けることは出来ない。
「違うよ。九尾なんか怖くないさ。それに、オレはお前のことを、化け物なんて思ったことは一度もない」
「じゃあ、何?何が、怖かったってば?」
「一緒にいることかな」
「何だ。やっぱり、九尾が怖いんじゃん」
「違うよ。最後まで、話を聞けって」
「・・・何だってばよ」
「一緒にいたら、一人にしてしまうかもしれないから」
「・・・?」
ナルトは、何を言いたいのかわからないといった表情。
確かに、これじゃ、説明になってないな。
「オレは、暗部にいたし。いつ死ぬか、わからなかったから。そりゃ、今もだけどさ。・・・オレが傍にいて、オレが死んだとき、お前はまた一人になってしまうから」
「・・・始めっから、一人だったら、そっちの方がいいって?」
「う〜ん、そうは思ってなかったんだけどね。結果としては、同じか」
「まあね」
口調は、戯けていたけれど、オレを許したワケじゃなかった。
オレの懺悔を聞かされている、ナルト。
聞きたくもない懺悔を聞かされている、ナルト。
許せないのも、当然だと思う。
でも、オレは、聞いてほしかった。
自分勝手な願いだけど、他の誰でもない、ナルトに聞いてほしかった。
「それの延長みたいなもんなんだけど」
「まだ、あるの?」
そう言った、ナルトは、心底呆れたようだった。
オレは、汚い大人だから、笑って誤魔化した。
「うん。お前に、責められることも、怖かったな」
「・・・責める?」
「うん。責めるっていうより、聞かれる事かな。オレにとっては、どっちも同じなんだけどさ」
「はっきり言えってば」
イライラとした声が、ナルトから発せられる。
眉間に皺を寄せ、ふっくらとした唇を噛みしめている。
それを解いてやりたかったが、手を伸ばすことはできなかった。
「何で、オレは嫌われてるの?何で、みんな、オレのこと、嫌な目で見るの?ってね。聞かれるのが、怖かった」
「・・・何で?」
「だって、そうでしょ?本当のことなんか、言えたと思う?」
「・・・言ってくれてよかったってば。その方が、すっきりする。実際、知ったときは、納得して、すっきりしたってばよ」
「そうかもしれないけどさ。それでも、怖かったよ」
「そんなの・・・逃げてるだけじゃん」
そう、ぽつんと呟いて、ナルトは考え込むように、蹲った。
「ナルト・・・」
膝を抱えて、小さくなっている背中を撫でてやりたかった。
けれど、伸ばした手は、はっきりと拒まれた。
振り払われたわけではないが、ナルトの全部で、拒まれた。
仕方なく、ナルトの隣りに座り。
また、前を向いてくれるのを待つしかなかった。
 
どのくらい、二人で座っていたんだろう。
ナルトが、ポツポツと話しだした。
「・・・オレさ、一回だけさ、慰霊祭に行ったことあるんだよね」
「うん」
「いつだったかな。結構、小さかったときだと思うんだけど。一度も祭りなんて、行ったことなかったしさ。祭りって、みんな楽しそうだったし。どんなんかな〜って」
「うん」
「そんでさ、人混みに紛れれば、何とかなるって。バカだったからさ、そう、思ったんだってば」
「うん」
「どの辺だったかな〜。火影岩の近くまでは、行けたんだ。けどさ、やっぱりバレちゃってさ。袋叩きにあって」
「・・・うん」
「何で、お前がここにいるんだって。お前のせいで、みんなが死んだのに、よく、のうのうと生きてられるなって、言われてさ」
「・・・」
相づちを打つことも、出来なかった。
それすらも、ナルトのことを、わかったような口をきいているような気がして。
しかし、何も言わないオレを、気にした風でもなく。
また、ポツポツと、話し始めた。
「ぶん殴られてるときにさ、ああ、もう、だめだなって。オレ、死ぬんかなって、マジで思って。けどさ、急に、辺りが静かになったんだってばよ」
ナルトと同じように、膝を抱えて座っていたオレを、ちらっと見て。
「何でだと思う?」
「・・・さあ?」
オレは、ズルイから。
そう言って、誤魔化した。
・・・本当は、知っているけど。
「オレの前に、狐のお面つけた人が立っててさ。周りにいた奴等は、驚いたような顔して、地面に、へたり込んでてさ。あの人、暗部の人だったんだね、今思えば」
「・・・うん」
「オレに、大丈夫?って聞いて、抱き上げて。あと、何か、街の人達に言ってさ。そしたら、街の人達、怯えたように頷いてさ。そんで、すんげぇスピードで、じいちゃんのことに連れてかれて」
「・・・うん」
「そのとき、銀色の髪が、太陽の光に反射して、光っててさ。キラキラして、綺麗だったんだってばよ」
「・・・うん」
「でさ、その人の気配、オレ、なんでだか、知ってたんだってば」
「・・・うん」
「考えてみれば、その人に会った前も、毎年、その日だけじゃなくてさ。気付くと、その人の気配が傍にあったってばよ。もちろん、その後もだけど」
「・・・うん」
「イルカ先生が、傍にいてくれてる時も、いるんだってばよ」
「・・・うん」
「そんで、今も、傍にいるんだよね、その気配」
なんか、涙が出そうだよ、ナルト。
こっそり、涙を堪え、ナルトを見た。
すると、ナルトは顔を上げ。
今度こそ、オレを捉えて、言った。
「カカシ先生」
「うん」
「嘘吐き」
「・・・うん」
嘘吐き、と言ったナルトは、ニヤッと笑っていて。
その笑顔に、オレは、罪を許された気がした。
「一緒にいるのが、怖い、とか言ってたくせにさ。いつも、オレの傍にいたんじゃん」
「・・・いつ、オレだって、わかったの?」
「カカシ先生と、初めて会ったとき」
「って、黒板消しの?」
「そう。黒板消しを頭にぶつけた、間抜けな教官が、あの、暗部の人だって、すぐわかった」
「間抜けって、酷くない?」
「そう?でも、実際、そうじゃん」
それは、ナルトの悪戯に、まんまと填ったからだろうか。
それとも、自分では、ずっと気付かれていないと思っていたのに、あっさり、正体を見破られていたからだろうか。
恐らくは、両方。
面白そうに笑ったナルトは、しかし、それでも、オレに触れてこようとはしなかった。
 
しばらく、二人共、黙っていたけど。
その沈黙を破ったのは、今度は、オレの方だった。
「・・・何で、そのこと話してくれたの?」
「だって・・・ズルいじゃん」
「ズルい?」
「うん。カカシ先生だけ、話してさ。オレだけ、何にも教えないのって、ズルいじゃん」
「そう・・・」
ズルいって、それだけ?
本当に、それだけなの?
「それにさ、相手はどう思ってるか、知らないけどさ。毎年、傍にいてくれて、オレは嬉しかったってのを、言いたかったんだってばよ」
「ナルト・・・」
「二度は言わないからな」
ニシシッといつものように笑って。
立ち上がって、伸びをした。
「先生、オレと一緒に、帰ってってばよ」
・・・それ、オレの台詞だよ、ナルト。
ハイ、と差し出された手を掴んで、オレも立ち上がる。
「帰ろっか」
「うん」
ナルトは、ようやく、蟠りが取れたらしい。
オレに向けられた笑顔に、そう、思った。
 
オレの家に着くまで、二人とも、終始無言だったが。
繋がれた手は、ずっとそのままだった。
途中、里の人間に何人か会い、じろじろと見られた。
ナルトは、すっ、と身を隠すように、オレの服を掴んだが。
オレが傍にいたからか、特に何も言われなかった。
 
家に着いたとき。
玄関の前で、ナルトを振り返った。
どうしても、言いたいことがあるんだ。
「ねえ、ナルト。さっきさ、・・・お前が、生まれてこなくても、よかった、なんて。自分で言うの、聞いてさ。オレが、どんだけ悲しかったか、わかる?」
すごく、胸が、痛かったんだよ。
お前を叩いた手も、痛かったんだ。
「・・・」
「もう、そんな悲しくなるようなこと、言わないで」
「・・・うん、ごめんなさい」
自分でも、言っていて、辛かったのだろう。
顔を歪めて、俯いた。
もう、自分を貶めることは、二度と言わないで。
お前は、木の葉のうずまきナルトなんだから。
胸を張って、いいんだよ。
「さあ、入って」
オレの手を握り、俯いているナルトを、部屋の中へ促す。
部屋に足を踏み入れたナルトは、ハッと息を飲んだ。
驚いた様子で、オレを振り返る。
「カカシ先生・・・これ・・・」
部屋の中には、誕生日パーティーの飾り付け。
テーブルの上には、オレの手作りケーキ。
一人で、全部準備してる姿って、端から見れば、結構、間抜けかもしれないけどさ。
けど、いいんだ。
お前が喜んでくれるなら、オレは、それだけで、十分幸せ。
「今日は、お前の誕生日だって、言ったでしょ?生まれてきてくれて、ありがとう」
「・・・?おめでとうじゃないの?」
「いいんだよ。オレは、お前が生まれてきてくれて感謝してんだから」
「・・・うん」
「生まれてきてくれて、ありがとう、ナルト」
「・・・どういたしまして、ってばよ」
小さく呟いたナルトは、こてん、と繋いだ腕に、頭を寄せた。
ちらっと見た、ナルトの横顔は。
静かに涙を零していた。
鳴き声も上げず。
嗚咽も漏らさず。
静かに。
そこには、さっきまで、潜んでいた、すべてを諦めた子供は、どこにも居らず。
澄み切った空のような、子供がいた。
 
お前が、聞き飽きたって言うくらい、何度も言うよ。
生まれてきてくれて、ありがとう。
オレと出会ってくれて、ありがとう。
オレを好きになってくれて、ありがとう。
そして。
お誕生日、おめでとう、ナルト。






終わり


ルイさん、素敵な小説をありがとうございました!
しかも、ナルトの誕生日に間に合わせていただいて・・・。
カカシが暗部だったときに実はこっそりナルトを助けていたという設定が、とても読んでいてうれしかったですvv
しかもちゃんとナルトは分かっていてくれていたところも私のツボを見事に突いてます!
本当にありがとうございました。

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