境界線 3
 
 
 行け!今日こそ勇気を出して言うんだ!
 そら、今だ!
 
「ナ、ナルトっ・・・」
「ん?何か用だってば」
 テスト週間のために部活がないので、学校が終わるとナルトはすぐに教室から出ようとした。
 それを勇気を振り絞ってサスケが止めた。
「いや、その・・・な?」
 けれどもサスケは何も言えないまま言葉が止まってしまった。
「何だってばよ?今日は父ちゃんの帰りが遅いから買い物して帰らなきゃいけないから、早く用があるなら言えってばよ」
「!」
 サスケはそれを聞いて思わず「チャンスだ!」と思ってしまったが、結局何もいえなかったらそのチャンスも水の泡になってしまう。
 勇気を出してサスケは言った。
「その、なんだ・・・。俺も一緒に買い物してお前を手伝ってやってもいいんだぞ」
 言ったあとでそれではナルトの家に泊まりたいという意思が伝わらないと気がついたサスケだったが、もう言葉を元に戻すことは当然無理だった。
「えっ?買い物付き合ってくれんの」
 けれど、ナルトに嬉しそうに言われて、サスケは何も言えずに照れながら頷いた。
 なんなら泊まってやってもいいんだぞ。なんて、サスケはとても言えなかった。
 
 
 けれど、買い物が終わって、これから解散というときに、ナルトが思い出したように言った。
「そうだ!サスケ、せっかくだから今日はオレの家に泊まってかない?うるさい父ちゃんも夜中までいないことだしさ」
「!」
 そこでサスケの頭は一瞬で色々なことを考えた。
 
 ナルトは父親が好きなはずなのに、邪険に言うなんて・・・。
 ま、まさかナルトもオレと同じ気持ちでそんなことを・・・!?
 いや。待て。そんな都合のいいことが起こるはずも無い。
 きっとまたどうでもいい理由か何かがあるはずだ。
 
 この前のことがかなりサスケを用心深くさせていた。
 しかし、それはやはり当たっていた。
「ついでに勉強教えて欲しいってばよ。オレってば今度数学10点以下だったら父ちゃんを学校に呼ぶってイルカせんせーに脅されててさ」
 サスケはさすがに10点以下はまずいだろうと思うと、しょうがなく頷いた。
 どっちみちナルトの言うことは逆らえなかったけれど。
「それにしても10点以下なんて、勉強しなくてもそう取れる点数じゃないぞ」
 それでもサスケはそれだけは言っておきたかった。
「んなこと無いってば!数学なんて勉強しなきゃ絶対無理だってばよ」
 オレは国語と社会が得意なんだってば!と、得意そうに言うが、どう考えても教師がナルトを気に入っているだけで点数を甘くつけているような気がしてならなかった。
 特にカカシが担当している社会は。
「ああ、そうかよ」
 どこか信じきっていないサスケの声に、ナルトはむっとしてまた言い返した。
 そんなやりとりをして歩いていると、自然とナルトの住んでいるアパートへついた。
 
 ここが・・・。
 
 サスケは少し緊張した面持ちでアパートを見上げた。
「さ、オレん家二階だから」
 ナルトはそう言うとそばにあった階段を使って上がっていく。
 サスケもそれにならってナルトのあとをついていった。
 鍵を使ってドアを開けて、ナルトは先にサスケを招きいれた。
「お邪魔します」
「おう」
 丁寧に言ったサスケに、ナルトも家にあがりながら答えてやって、二人は奥の部屋へ入っていった。
 サスケは恐る恐る部屋に入っていったが、誰もいないことを知るとほっとした。
 ナルトの父親はいなくても、ナルトの祖父がもしかしたら帰っているかと思ったのだ。
 何だかナルトの肉親に会うことになぜか緊張していたのだ。
 
 ・・・ま、そのときは将来のナルトの相手としてしっかりあいさつしなきゃいけないしな。
 
 サスケは一人で妄想にふけってほほを赤くしていたが、ナルトはさくさくとお茶の準備をすると、サスケの前に置いた。
「クーラーつける?なんかサスケ、顔あつそうだし」
 ただ照れていただけとは言えなくて、サスケは困ってしまった。
 ナルトはサスケの返事も聞かないでクーラーを入れると、自分で入れたお茶を飲んだ。
「サスケもせっかく入れたんだから飲めよ」
「あ、ああ」
 気を落ち着かせようと部屋の周りを見渡すと、思わずため息が出た。
「何か・・・。お前かなり父親に気に入られてるだろ」
「そうでもないと思うけど」
 ナルトはそう言うけれど、部屋のあちらこちらから、父親のナルトに対する愛情が染み出ていた。
 例えば、ナルトと父親がフル笑顔で写っている写真を、ナルトの年齢順に飾られているとか。
 ナルトのとった賞状や、父の日に書いたと思われる父親の似顔絵なんかも高級そうな額縁に飾られていたり。
 本棚には明らかにアルバムらしき本がずらっと並べられていて、気が向けばいつでも見られるようになっているとか・・・。
 とにかくあらゆるところから、ナルトは父親にべったべたに可愛がられているということが分かった。
 
 もしオレみたいなやつがいきなりナルトと一緒に部屋にいるのを見たら、この父親はどうするんだろうな・・・。
 
 少し想像しただけで、サスケは背筋を寒いものが走った。
「あれ?クーラーやっぱり寒かったか」
 今度はサスケの顔色が青ざめているのに気がついてナルトはクーラーをとめようとした。
「いや、いい。・・・それよりそこにある本はなんだ?」
 サスケが言ったのは、本棚にあるアルバムらしきものだった。
 やはり気になるようで、話を逸らすためにもサスケはそう聞いた。
「これはアルバムだってばよ。見る?」
「!ああ」
 まさかこんなに簡単にアルバムを見せてくれるとは思わなくて、サスケは思わず表情が顔に出そうになった。
 
 やった!ナルトの子供のときの姿が見れるぞ・・・!!
 
 ナルトに差し出されたアルバムを気持ち震える手で受け取って、サスケは神妙な顔をしながら本を開いた。
「!!」
「どう?これがオレの父ちゃんだってばよ」
 サスケは慌てて他のページをめくるが、目当てのものは全く見つからなかった。
「このアルバムは?」
「これは父ちゃんだけを編集したアルバムなんだってさ」
 どのページにも決めた格好でカメラ目線の美男子ばかりが写っていた。
「ナルトが写ってるアルバムはないのかよ」
 こんなナルトの父親なんかの写真は見たくないとでも言うように、サスケはそそくさとアルバムを返した。
「あるけど・・・」
「あるけどなんだ!?」
 ここまでくればナルトのアルバムを見なきゃ気が済まないとでも言うように、サスケはむきになって聞いた。
「あるけど、父ちゃんがオレのアルバムには全部鍵かけてるから見れないってば。いつも俺自身見るときだって絶対父ちゃんと二人で見なきゃいけないんだってば」
 そうしないと駄々こねるからさぁ。と、ナルトが言っているのもどこか遠くでサスケは聞いていた。
 何だかにやけながらナルトを独占して、いちゃいちゃして二人でアルバムを見ている姿が急にサスケの頭の中に浮かんできた。
 その瞬間見ず知らずのナルトの父親に殺意を覚えた。
「そうか・・・」
 ぎりりと歯を鳴らしながら、サスケはそれだけ答えた。
 急にサスケの様子が変わってナルトは戸惑ってしまったけれど、構わずにまた元気よく話しかけた。
「なーなー。数学教えてくんない?」
 そのナルトの愛くるしい様子に、サスケはすぐに自分が何で怒っていたのか忘れて、いそいそとカバンから教科書を取り出した。
「どこら辺が分からないんだ」
 サスケが教科書を開きながらナルトに聞いてやると、自信を持った口調で言ってきた。
「全部だってばよ!」
「・・・それは自信満々で言えることなのか」
「ムキー!!うっさいってば!」
 サスケの言葉にむかっときたナルトは、サスケに掴みかかってきた。
 何なくナルトをよけたサスケだったけれど、サスケに突っ込んできたナルトの行く先は机の角で、このままではナルトのおでこが大変なことになってしまう。
「くそ!」
 サスケは何とかとっさでナルトの前に手を差し出して机との接触を避けるとこができた。
 けれど、それでもナルトは勢いが止まらなくて、そのままサスケに突進してしまった。
 色々な物音がして、サスケとナルトはそのまま床に倒れこんだ。
 ナルトはサスケの上にのしかかっていたので、そう衝撃はなかったけれど、サスケは二人分の体重がかかっていてとても痛かった。
「っつ・・・」
「サ、サスケ!わりぃ、大丈夫かっ?」
 ナルトがサスケの様子を心配そうに窺うが、サスケはまだ目をつぶって辛そうな顔をしていた。
「サスケ〜」
「だいじょう・・・」
 情けない声を出したナルトを気遣って、がばっと元気よく起きてしまったのがいけなかったのかもしれない。
「「!!」」
 なんと二人は口と口がくっついてしまっていた・・・。
 
 
 慌ててばっと離れた二人だけれど、お互い顔を真っ赤にして混乱していた。
 
 オレってば・・・!!
 今さっきもしかしてサスケと・・・!?
 
 な、何かの妄想か幻か!?
 オレがナルトと・・・!!
 
 そこでお互いちらっと顔を見ると、ちょうどタイミングが合ってしまったらしく、目がばっちりと音がするぐらいに合ってしまった。
「「!!」」
 また慌てて目をそらした二人だったが、お互いに相手の反応をみて、さっきの事件は幻でもなんでもないと知った。
 
 どーしよーーー!!!
 何で男のサスケなんかと・・・!!
 しかも、何でオレってばこんなに顔を真っ赤にさせてるんだってば!
 
 事故とはいえ、あのナルトと・・・。
 ナルトと・・・!!
 
 二人ともしばらく悶えていたけれど、ミルクティーの甘いにおいが香ってきた。
「ん?」
「何だ?・・・!」
 見れば、サスケのズボンに、ナルトが突進したときにコップが落ちてきたらしく、ミルクティーがだらだらとこぼれていた。
 今までそれに気がつかなかっただけに、もうズボンはひどい状態だった。
「わ!ティッシュ、ティッシュ!」
 ナルトは慌ててティッシュを掴むと、そのままサスケのズボンを拭きはじめた。
 ナルトもサスケも混乱していたので、顔が真っ赤で、ドアがノックされた音に気がつかなかった。
 二人とも黙って、サスケはナルトに任せていて、ナルトは一生懸命サスケのズボンを拭くのに集中していた。
 そうでもしていないと、ナルトはどうにかなりそうだった。
 真っ赤になった顔をサスケに見られたくなくて、ずっとうつむいてサスケのズボンを拭いていた。
 サスケもナルトに負けじと顔が赤かったので、それはそれで助かったのだが。
 ところが。
 そんな幸せ(?)な光景は一瞬で崩れ去ってしまった。
「たっだいま〜ナルトォ〜♪」
 ルンルン気分でドアを開けてきたのは、ナルトの父親注連縄だった。
「「!!」」
「!!!!!!!」
 注連縄とナルトとサスケが目を合わせた瞬間、声にならない悲鳴がそれぞれ出た。
 
 それでも大人の注連縄が一番にショックから立ち直って質問した。
「ナ、ナルト・・・。こ、こここれは一体・・・」
 そこで注連縄はゆっくりと深呼吸をした。
 その瞬間ナルトは先が読めたので、耳をしっかり塞いだ。
「どういうこと〜!!!!!」
 当然このあと注連縄がそんなに大絶叫をするなんて知りもしないサスケは、気絶しかかった。
「い、いいから落ち着けってば!これはサスケと遊んでたら紅茶こぼしてさ」
 ナルトは紅茶をこぼしてしまったことに対して注連縄が怒っているものだと勘違いしていた。
「だからって何で二人ともそんなに顔が真っ赤になってるのさ!それに「サスケ」ってこの前ナルトを拉致しようとしたワル一家の一味でしょ!?」
 自分の子供と同じ年の子供に殺意のこもった目を向ける注連縄に、サスケはなにより呆れてしまった。
「何わけの分からないこと言ってるんだってば!それに父ちゃん今日は夜中まで家に帰らないんじゃなかったの?」
「まさか!!それを知っていてこんな輩を家に呼んだというの!?オレは嫌な予感がしたから仕事を振り切って帰ってきたのに・・・!!」
 振り切るなよ、とサスケは思っていたけれど、うずまき親子は一度言い合いをすると止まらなくなるらしく、あとはわけの分からない言い合いになっていた。
 自分を全く無視して繰り広げられる言い合いに、サスケは居場所をなくして、大人しくナルトの家から去ろうとした。
「サスケ!」
「いいんだナルト!あんな輩を呼び止める必要なんかこれっぽっちもないよ」
「父ちゃんは黙ってて!!」
 珍しくびしっとナルトに言われてしまい、注連縄は思わず口をつむいだ。
「またオレの家に来てくれよな!」
 ナルトはまだ照れくさかったけれど、それでもサスケにそう言った。
 サスケも、そんなナルトの言葉に嬉しくなってしまう。
「ああ・・・。ナルトもまたオレの家に来いよ」
 二人ともちょっとだけ顔を赤くして微笑む様子に、注連縄は持っていたハンカチを噛んで悔しがっていた。
「じゃあな」
 サスケはそれだけ言うと、ナルトのアパートから去っていった。
 
「ま、今日はあれでいいか・・・」
 思いがけない収穫がたくさんあって、サスケは満足だった。
 そうして注連縄が奥で悔しがっていた顔を思い出すと、サスケは自然と顔が綻んでいた。
 
 ・・・本当の試練はこれからかもしれないが、サスケはつかの間の幸せをかみ締めるのだった。
 
 ズボンの濡れたシミのことを忘れて。
 サスケはこそこそと道を歩く人々に噂されているなんて、これっぽっちも気がつかないほど幸せだったのだ。
 
 
 
 
 
終わり
 
 
 
戻る