きっとあんたは覚えてやしないんでしょうけど。

そうよ。

覚えてないに違いないわ。

だって、テストの成績とか最悪だったもの!

 

……ずるいわよ。

私ばっかり忘れられないなんて。

 

 

私ばっかり、あんたのことが好きだなんて。








記憶とバラと






 

 それは、5年前のこと。

まだ、忍者学校に通っていたころの話。

 

 

 忍者学校の帰り道。

友人たちと別れた、いのは、一人、家路を歩んでいた。

 そして、ふと。

 いつもとは違う道を通りたくなって、森へと続く道を進んでいった。

 

 ──何か見つかったりしないかなー。

 

 たまにこういった道を進んでいると、季節の花にめぐり合えたりするもので。

今は丁度、花々が咲き乱れる季節。

 

 「ふふ…この季節の森って好きよー」

 

 春の森の中を歩くのは、いのにとって楽しみの一つだった。

 

 さくさくと森の中を進みながら、地に色づく花々に目をとめ、微笑んで。

見かける花々の名を口ずさみ、わからない花があれば、あとで父に聞こうと、

その花の姿を覚える。

 

 そうやって、いのは花の、ひいては忍に必要な薬草の知識を身に付けていった。

 

 「ん?」

 

 ひらりと舞うアゲハ蝶に目をやった、いのは、何故だかわからないけれど、

その蝶のあとに続きたくなって、道から外れることはわかっていたけれど、森の奥

へと入っていった。

 

 ──どこまでいくのかしらー…。

 

 森の奥へ入るのは危険なこと。

それでも足を止めることができなくて。

 

 ふらふらと蝶のあとに続いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 そうやった10分以上は歩いただろうか。

崖が壁のように立ちはだかる場所まで来て、やっといのは歩みを止めた。

 

 アゲハ蝶は、ひらりと崖に沿って昇っていって。

蝶が羽根を休めた先に、いのは息を呑んだ。

 

 「きれいー…」

 

 そこには、レースのような花びらを持った、ピンクのバラが一本、咲いていて。

儚く、それでいて孤高の美しさを放つ華に、ただ魅せられる。

 

 「……」

 「何やってんだってば?」

 「?!」

 

 呆然とバラを見上げていたいのは、不意に掛けられた声に、驚くままに振り返り、

そして、目に飛び込んできた金色の光に、再び、魅せられた。

 

 「あ…え、えと…」

 「?何だってば?」

 

 蒼い目を瞬かせる小柄な少年。

 

 ──どこかで見たようなー…

でも、一体、どこで?

 

 「お前さ、くの一クラスのやつだろ?こんな森の奥で何してんだってばよ?」

 「ち、蝶を追って…」

 

 くの一クラス。

ということは、この少年は忍者学校に通っているということ。

 けれど、なかなか思い出せない。

 

 ──こんな金色の髪、絶対忘れるわけないのに…。

 

 「忍者学校に行ってるのー?」

 「ん?おう。シカマル探してるときにさ、二人で話してるとこ見たんだってば」

 「シカマルと?……あ!」

 

 うずまきナルト……!

いつもいたずらしては、イルカ先生に怒られてばかりで、騒がしいとくの一の間で嫌われて

いる男の子。

 

 ──でも、何か…。

自分の目の前にいるナルトは、忍者学校で聞いたり、見たりした『うずまきナルト』とは別人

のように思える。

 

 「ナルト…よねー…?」

 「……そうだってば。オレのこと知ってんだってば?」

 

 ふ、と蒼い目に過ぎった哀しげな影を、いのは訝しく思い、口を開こうとした瞬間、ナルト

はくるり、と背を向けた。

 

 「ど、どこ行くのよー?!」

 

 慌てて声を掛ければ、ナルトは小首を傾げて。

 

 「だって…オレのこと知ってるんなら、一緒にいて欲しくねぇかと思ったってばよ」

 「は?」

 「だって、オレってば嫌われもんだし。オレと話したこと知られたら、親に怒られちゃう

みたいなんだってば」

 

 さらりと信じられないようなことを言いながら、ただ、ニシシ、と困ったようにだけ笑う

少年に、いのはキ、と眉を吊り上げた。

 

 「何言ってんのよー!そんなの笑っていうことじゃないでしょー?!もし、うちの親が何か

言ってきたら、殴ってやるわよー!!」

 「……」

 

 いのの勢いに、ナルトは蒼い目を見開いて……

それから、盛大に吹き出した。

 

 「……何がおかしいのよー…」

 「だって…お前ってば変わってる…」

 

 けらけらと腹を抱えて笑うナルトの額をこつんと小突いて。

 

 「いの」

 「へ?」

 「いの、よ。私の名前。お前じゃないわー」

 

 ぱちぱちと目を瞬かせる少年から、少女は目を逸らすことなく。

ナルトはフ、と笑みを浮かべると、ごめん、と一言謝った。

 

 「悪かったってばよ、いの」

 「……わかればいいのよ」

 

 それから、二人、くすくすと笑いあって。

 

 「あ…」

 「え?」

 

 見上げれば、ひらり、と再び、蝶が空を舞い始めるところで。

 

 それを、二人は無言で見守っていた。

 

 蝶が森の奥へと姿を消すと、ナルトはおもむろに崖に手を掛け、登り始めて。

いのは、その行動に目を見開いた。

 

 「ちょっ…!何やってるのよー?!」

 

 危ないでしょ、と声をかければ、上から声が降ってきた。

 

 「いのさ、さっき、あの花見てたろ?」

 

 下にいる自分に向けられる笑みに、いのの鼓動がどくりと鳴る。

 

 「オレさ、いのの言葉、嬉しかったんだってば。だから、あれ、取ってやるってば」

 

 そう言って、手を伸ばし、バラの茎を掴み──

 

 「いっ!」

 

 刺さった棘の痛みに思わず、体勢を崩し、落下した。

 

 「きゃああ!」

 「うわぁっ!?」

 

 背中から、金色の少年は地面に激突し、少女は心配と恐怖に顔を歪め、涙を零しながら

少年のもとに駆け寄って。

 

 「ナルト!大丈夫…?!」

 「う…いてて…」

 

 むくりと起き上がるナルトの体を支える、いのの目からは、とめどなく涙が零れ続け、頬

を濡らす。

 泣き続ける少女に、少年はス、と花を差し出した。

 

 「はい。やるってば」

 「……ばっかじゃないのー…」

 「へへ…」

 

 

 

 

 

 そのバラは、花びらの押し花となり、大事に大事に仕舞われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そういえば──

 

 今や下忍となり、任務を終わらせた、いのは、家路を歩みながら、父親の言葉を思い出して

いた。

 

 

 “そのバラはな、5年に一度しか咲かない、って言われてるバラなんだよ、いの”

 

 

 「それじゃ…今年は咲いてるのよねー…」

 

 見に行ってみようか。

同じ場所に咲いているとは限らないけれど。

 でも、出来れば。

 

 ──あいつと一緒に行きたいわよね…。

でも、きっと。

 覚えてやしないんだろうけれど。

 

 「はぁ…」

 

 私の方は今でも覚えてて、ちゃんと押し花だって大切にしてるのに…。

でも、きっとナルトは。

 サクラのことばっかり、だし…。

 

 「いの!」

 「え?」

 

 声に振り向けば、そこには泥だらけになった金色の下忍の姿。

 

 「何やってんのよ、ナルトー?」

 「ん〜」

 

 手を後ろにやったまま、ナルトはいのに近づいて、にっこりと微笑むと、さ、と右手を

前に出した。

 

 「あ…」

 「へへ。昨日、修行してたらさ、咲いてんの見つけたんだってば。そんで、今日取ってきた

んだってばよ」

「あんた…それ…覚えてて…」

 

首を傾げるナルトの蒼い目に、いのは吸い込まれるように見入って。

 

──覚えてたんだ。

私だけじゃなかったんだ…。

その事実が、ひどく嬉しい。

 

「当たり前だってばよ」

「そ、そう…。…私だって…覚えてたけどねー」

 

 いのは、差し出されたバラを、やさしく受け取った。

 

 「今度は、棘、刺さらなかったでしょうね?」

 「はは。今度は軍手してったってばよ」

 

 バラの甘やかな香りが鼻腔をくすぐる。

 

 「ナルト」

 「んあ?」

 

 いのはナルトの頬についた泥を落としながら、ふわりと微笑を浮かべて。

 

 「この花ね。5年に一度しか咲かないんだってー」

 「マジ?!うっわ、道理で…」

 「え?」

「あ、いや…。こっちの話だってば。それで?」

 

 ナルトの態度に首を傾げながらも、いのは言葉を続けた。

 

 「だからさー。今度は…一緒に見に行ってよね」

 「え」

 

 つまり、それは。

5年後も、こんなふうに側にいたいということ。

 でもそれは、忍にとっては容易い約束ではなくて。

 

 「だから…勝手に死んだら、許さないんだから」

 「……お互いさまだってばよ」

 

 それから、二人笑いあって。

 

 

 

 

 

 

 5年後。

 バラの咲いた崖の下で、手を繋いだ若い男女の忍が、笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

END

 

 

他に書く、と言っていたものすべてを後回しにして書いてたもの。

 …だって書きたくなっちゃったんだもの。

 とあるサイトさまでイノナルを読んで、やっぱりいいなぁ…と思って。

 どのくらいの人がイノナル好きかはわからないですけど。

 何だか書いてて、ホッとしました。


と、いうわけで、「Schwarze Geist」の戒吏さんから頂きました!

掲示板でいのナルと吼えまくったら、何と頂いちゃいました。

私の書いたいのナルを読んでのことらしいんですが・・・。比べ物にならないほど素敵です!

みなさんもきっと、読んでほっとしたことでしょう(^^)


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