保健夫の悲劇6

「何でそんなの引き受けたんだよ!」
 が母親の言うことをあっさり聞いて見合いをすることになってしまったと聞いて、三上はもちろん怒っていた。
「お、俺だってできるもんなら断りたかったよ!けど医者首になってから色々と心配かけたから俺には断る権利なんてないってなことをクドクドと言われたんだよ」
「だからってそれでいいのかよ!」
「いいだろ、どうせ断るんだから。母さんは見合いしろって言ったけど、断るなとは言ってないんだ。だったら会って断ればいいだろ」
 は開き直ったらしく、そういうふうに解釈してさっさと仕事に戻る。
「ま、だから心配するなよ。安心して授業受けにいけよ」
 まだ三上としては釈然としなかったが、の言葉を信じることにして授業に戻った。


「先生―!藤代がまた恋の相談室開きたいってよ〜!」
 昼食の時間、さっき来ていた藤代と鳴海がまた保健室にやってきた。
「俺に相談しても何も役に立つこと言えないよ」
「い、いいんです!ここにいればもしかしたら真田がくるかもしれないから!」
 藤代がそう言った瞬間、タイミングよくドアが開く音がする。
 藤代はどきどきしながら振り向いたが・・・。
「何だ〜、三上先輩かぁ」
「何だとは何だ。相変わらず失礼な野郎だ」
 三上はそう言っての隣に行きがてら藤代を蹴り飛ばす。
「三上君。暴力はよくないぞ」
 がそうたしなめたが、三上はさらりと無視をする。
「ところで。お前昼飯今日もってないだろ。購買で買ってきてやったぞ」
「えっ本当?ありがと三上君」
 目の前で普通にやりとりをしていた二人だったが、急に藤代と鳴海の視線が気になった。
「どうかした?二人とも」
 が尋ねると、藤代がどこか遠慮しながら言った。
「ふ、二人って・・・。どういう関係なんですか?」
「そりゃあ恋人同士に決まって・・・ぐは!」
 三上が調子に乗ってそう言ったすぐ後に、がすかさず三上のみぞおちにパンチを食らわした。
「ただの冗談だよ。どういう関係ってただの保健の先生とその生徒でしょ」
 三上を殴った後のさわやかな笑顔のが怖かったが、藤代は後ずさりながらもまた質問する。
「でも三上先輩がわざわざご飯を買ってきてくれるなんて普通の人じゃありえませんよ」
「そりゃあお前じゃないんだから当たり前だろ」
 三上はしょうがなしにのフォローをすることにした。
「け、けどそれにしても仲が良すぎませんか?」
「だからどうしたってんだ。俺がと仲良くしちゃ何が悪いんだってんだ」
 ついにというか、やはりというか、三上は藤代の胸倉を掴んで脅しつける。
 そこで止めるのはやはりが止める役になる。
「こらこら、後輩をいじめるんじゃないよ」
 当然三上はに逆らえないので、大人しく藤代を放してやる。
 すると、そんな三上がまたまたらしくないので藤代は変な顔をしたが、これ以上文句を言うと、の言葉でもいうことを聞かなくなって三上にいじめられそうだったので黙っておく。
 そこでひと段落ついた時にまた電話がかかってきた。
「もしもし。何だよ、また母ちゃんかよ〜。今度は何の用?」
 電話の相手がまたの母親だと分かって、三上は急に落ち着かなくなってしまう。
「ああ、そう。うん。今度の日曜昼の三時から高橋シティーホテルね。・・・はいはい。じゃあね」
 はそう言ってさっさと電話を切ると一息ついた。
 藤代が好奇心からに質問してくる。
先生のお母さんからっすか?会う約束でもしてるんですか」
「うん、まあね」
 はそっけなく言って、これ以上質問をさせないようにした。
 こっそり三上の様子を伺うと、別に怒っている様子もなかったのでは安心したが、少し残念な気持ちもあった。
 その昼の間も、その週も、三上はいつも通りの調子で過ごしていた。
 だからはまさか三上が電話の内容を聞いていて、しかもそれをしっかり覚えているなんて思いもしなかったのだ。



 そして見合いの日の日曜日がやってきた。
「相手の娘さんはお父さんの会社の知り合いの人の薦めた人なの。くれぐれも失礼のないようにね」
「はいはい。分かってるよ」
 は失礼のないように断るだけだけどね。などと思いながら一応母親の言うことを聞くふりをする。
「大体あんたが医者を首になってどれだけ心配したと思ってるのよ。父さんと話し合ってあんたがいつもそうやってだらしないのは結婚してないせいだと思ったのよ。大切な家族がいたら何事も真剣に取り組むと思うのよ。だからこの話成功させますからね」
 クドクドと言われた後にはどうしても結婚まで話を持ちかける気らしく、そう言ったことをクドクドと言われてしまい、はどうやって断るか考えていた。
「あ!あそこのテーブルにいる人がそうよ!」
 の母親はそう言っての腕を掴むと無理やり引きずって連れて行く。
「どうも遅れてしまってすみません」
 の母親はそう言ってを紹介する。

 ・・・ふ〜ん。結構可愛い子じゃん。
 もし三上君と会ってなかったら俺はこの子と結婚とかしちゃってたのかな。
 こんなこと思ってるのがバレたら三上君になんて怒られちゃうかな。

 なんてことを考えていただったが、いつの間にかの母親が話を進めていて、今は就職の話をしているようだった。
さんはどんな仕事をしていらっしゃるんですか?」
 見合い相手がはにかみながらもにそう聞いてきて、は急に質問されて驚きつつもちゃんと答える。
「今は私立高校の保健の先生をやっています」
 そこで話は弾んでいったが、またはぼーっと考えに浸っていた。

 三上君今何してるんだろ。
 もう足良くなったから部活でもやってるのかな。
 そういえば母さんが二回目に電話したとき何も騒がなかったけど・・・、どうしたんだろ。
 その時は藤代君たちがいたからにしても、二人きりのときも何も言わないでいつもどおりだったし。
 しかもあの三上君があれ以来俺に全然手を出してないし・・・。って、俺は何を言ってるんだよ!それじゃあ三上君に手を出してもらいたいみたいじゃないか。・・・いや、まあそうなんだけど・・・。

 がそんなことを考えていると、いつの間にか母親や仲人さん達がその場からいなくなっていた。
「あれ?」
「どうかしましたか」
「あ、いえ別に・・・」

 やばいやばい。考え事をしているうちに「後は若いもの同士で」なんて展開にいつの間にかなってるし。
 さて、どうやって断るかな。


 そんな時、三上はいうとの気持ちも知らないで子供っぽくもいじけていた。
「あいつ絶対俺のこと子供扱いしてるぜ」
「それは仕方ないことだろう。確かに俺たちはまだ子供なんだし」
 ぱっと見てどうしたって子供には見えない渋沢が言う。
「大体三上は先生のことを信じきれないでこんなところまで監視に来ているんだからな」
 そう、三上たちは今の見合いの場所に見つからないようにしてこっそりにばれないようにしているのだ。
「悪いかよ!ったく、せっかくお前にこうして相談に乗ってもらったってのに役にたたねえ奴だぜ」
「しょうがないだろう。俺だって三上と先生がそんな仲になっていると聞いてショックだったんだぞ」
 そんな渋沢の言葉に三上はピクリと反応する。
「ショック?俺がと付き合ってか?それともが俺と付き合ってか?」
 これで後者を言えば厄介なことになると渋沢は悟ったので、「もちろんお前が・だよ」と、なんとか取り繕っておく。
「・・・まあいい。今の敵はあの女だ。見てみろよ、あの女絶対に惚れてるぜ」
 敵って・・・。とか思ったが、ここで何か言ってしまえばただでさえ機嫌が悪い三上を余計怒らすことになるだろうと思い、大人しく相槌を打つことにする。
「よしっ!会話が聞こえるようにもっと近づくぞ!」
 その時、よそを向いていた渋沢はちょうどガラス越しから二人のサッカー部の後輩が歩いているのを見つけた。
「おい三上、あれって風祭と水野じゃないか?」
「なに・・・。よし、あいつらをここへ連れて来い」
 何でそんなことを命令されなくてはいけないのかと反発したかったが、今の三上には何を言っても無駄だと分かっていたので、渋沢は素直に二人を連れてくることにする。
 二人はそんなことも知らないで楽しそうに歩いている。
「やあ、二人で買い物かい?」
「渋沢先輩!こんにちは、偶然ですね〜。先輩も買い物なんですか?」
 渋沢を見て、風祭は嬉しそうな顔をしてそう答えたが、もう一人の水野は嫌そうな顔をして挨拶をする。
「ああ、まあ・・・。ところで二人とも暇ならちょっと俺に付き合ってくれないか」
 そこで水野はさっきよりも嫌そうな顔をして断ろうとしたが、鈍感な風祭は嬉しそうに返事をする。
「ええ、もちろんいいですよ」
「じゃあちょっとついてきてくれるかな」
 水野もそこで諦めた顔をしたが、三上と顔を合わせた途端、また嫌になってきて騒ぎ出す。
「何で三上までいるんだ!もう俺は帰るからな!!」
 水野はそう言ってその場から去ろうとしたが、三上の腕が伸びてきて止められる。
「同じ学校なんだから先輩って呼べよな。まあそれはいいとして今はだ。お前あそこに行ってあの女口説いて来い」
 三上はそのまま水野を引っ張っていくと、胸倉をつかんで命令する。
「な・・・!何で俺が!それにそんなことできるわけないだろ!あの二人、見るからにいい感じなのに邪魔なんかできるわけないだろ!」
 その言葉で三上の地雷を踏んでしまったのに水野は気がつかないでまだしゃべり続ける。
「大体なんで俺が先生の邪魔をしなくちゃいけないんだよ!先生が嫌いならまだ分かるけど、俺はあの先生のこと結構好きだからそんなひどい真似できないね!」
「いい感じ・・・?好きだ・・・?だと・・・?」
 三上の背後でごごごごいっているのに水野はまだ気がつかないようだった。

 そんな水野が絶体絶命のときに、お見合いはまだのんびりと続いていた。
「なんだかあそこの方、騒がしいですね」
「そ、そうですね」

 あの声は三上君だ!
 ここずっと大人しいと思ってたらこういうことだったのか・・・。
 俺を心配してくれて嬉しいんだか、俺のこと信用してないと思って寂しいんだか、どう思ったらいいのか良く分からないけど取りあえずは早く終わらせてしまおう。

 は愛の力かすぐに三上の声だと気がついたが、三上はまだ水野と戦っているらしく、そんなのことに気がついていない。
「あの、俺用事あるんでここら辺で失礼させてもらいますね」
「え・・・、あの、じゃあ・・・?」
「ごめんなさい。俺今好きなやつがいるんです。だからこの見合いは最初から断るつもりでいたんです」
 そうが謝ると、その見合い相手は寂しそうな顔をしたが、無理やり止めはしなかった。
「そうでしたか・・・。さんぐらい素敵な人ならそんな人いて当たり前ですよね、それじゃあその人と幸せになってくださいね」
 彼女は最後に笑顔でそう言うと、に一礼して仲人たちがいるらしきところへ去っていった。
「・・・さてと。三上君は何をそんなに騒いでるのかな」
 はそう言って三上の声のするほうへ歩いていく。
「おい、三上・・・」
「うるせえ!今それどころじゃねえんだよ!」
 渋沢が先にに気がついて三上に知らせようとするが、三上はそう言ってまた水野とケンカをしようとする。
「こら、後輩を苛めるなって」
 が急に現れたので、三上はびっくりしてつい水野への攻撃をやめてしまった。
!見合いはどうしたんだよ」
「今断ってきたけど?どっかのだれかさんがうるさかったからね」
「誰かってだれだよ!」
 三上がそう掴みかかってきたが、はひらりとかわすとみんなに声をかける。
「さ、もう帰ろっか!」
「あ、待てよ!」
 先に走り出すに三上は慌ててついていったが、ほかのみんなはその光景をぼんやりと見ていた。


















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≪続くナリ≫