君に幸せな時間をあげたかったんだ。



ガラス玉


夕焼けが空一面に広がって見える、丘の上。

草原の中に、金色の少年は四肢を投げ出した。

 

 「ん〜!」

 

 ぐぐっ…、と身体を伸ばせば、疲れきった身体に心地よくて。

ふう、と小さくため息をつく。

 それから、ぼんやりと何ともなしに、夕焼け空を眺めて、ふわりと笑みを浮かべた。

 

 「……綺麗だってばよー…」

 

 朱の空が蒼い瞳に映り、薄い紫に色を変え。

脱力しきった身体は、草の中に覆い隠されて。

 ナルトはゆっくりと目を閉じた。

 

 「綺麗、だねぇ」

 「!?」

 

 不意にかけられた声に、驚いて跳ね起きれば、目に飛び込んできたのは、金色の光。

その青年は、蒼い目を細めてにっこりと笑った。

 

 「こんにちは」

 「…こんにちはってば」

 

 自分と同じ色彩をもつ青年に、茫然とした様子で、ナルトは言葉を返した。

青年は、穏やかな笑みを浮かべたまま、ナルトの横を指差して。

 

 「そこ、座ってもいいかい?」

 「へ。う、うん…」

 「ありがとう、ナルトくん」

 

 隣に座る青年に、少年は不思議そうに首を傾げた。

 

 「オレのこと、知ってんの?」

 「……少しね。君がイタズラ好きで、火影を目指す下忍、ってことぐらいは…」

 

 何故だか警戒する気にはなれなくて。

代わりにその瞳には好奇心が露わになっていた。

 

 「あのさ。誰…だってば…?」

 

 木の葉の里で、自分以外に金髪碧眼の人間を見たことなどなかったから、目の前の青年に、

子どもらしい興味が募る。

 

 「んー…。誰だと思う?」

 「うえ?わかるわけないってばよ!」

 

 でも、このリズムは、この雰囲気はどこかで感じたことがあるような気がして。

疑問符を浮かべながら、ナルトは腕を組む。

 

 「それじゃあ、名前を当ててみてくれないかな」

 「え、ええーと…??」

 

 何でそんなことをするんだろう、とは思ったけれど、青年の蒼い瞳がどこまでも優しい光を

放っているから。

 何だかひどく安心する空間が出来ていた。

 

 「んー…」

 「まだかな〜」

 「もうちょっと待ってってば」

 

 ──変なの。

ナルトは正直、自分で自分に驚いていた。

初対面の人間と、それも誰だかもわからない人間と、この里の中で、これほどまで、自分が気を

許しているなんて、と。

 ──何だか…、安心するんだってば…。

この空気をいつも感じているような気がする。

 ──…あ!

 

 「カカシ先生だってばよ!」

 「……何で、そこでカカシくんの名前が出てくるのかなぁ…」

 「だってさ!何だか、先生と雰囲気が似て……って」

 

 カカシくん???!!!

大きな瞳が、さらに零れ落ちそうなほどに見開かれる。

 

 「え、え!先生のこと、知ってんだってば?!」

 「まあねぇ…」

 

 むぅ、と眉根を寄せる青年に、ナルトは楽しそうに詰め寄って。

 

 「カカシ先生の知り合い?」

 「まあ、いいじゃない。話せば長くなるし…」

 「でも…!」

 「それよりもさ、僕の名前はどうなったの?」

 

 苦笑を浮かべる青年に、気まずそうな表情が子どもに浮かぶ。

 

 「えっとー…。ヒント、くれってば!」

 「ヒントねぇ…。ナルトくんが、思った名前が僕の名前だよ」

 「……何それ。それじゃ、オレが注連縄って言ったら、注連縄になんの?」

 

 ナルトの視線が青年の首に向けられた。

というのも、青年の首には、何故だか注連縄がかけられていたからで。

 

 「うん。そう。僕は注連縄だね」

 「マジ?!…でもさ?呼びにくいってばよ」

 「そうだねぇ…」

 

 青年──注連縄は口に指をあて、考え込むような姿勢をとり、暫く、そうしたあと、にっこりと

笑った。

 

 「しいクン、でいいよ」

 「な、何か、恥かしくねぇ?」

 「そう?いいと思ったんだけどなぁ…」

 

 項垂れる注連縄に、慌てて急いで、「しいクン」と呼んで。

嬉しそうに、注連縄は微笑んだ。

 

 「ありがとう、ナルトくん」

 「……うん」

 

 ナルトもにっこりと微笑み返す。

注連縄の空気は、穏やかで、ナルトの心を和やかにした。

 

 「そうだ。いいものがあるんだよ」

 「ふえ?」

 

 ごそごそとポケットを探ると、注連縄は、手の平に、鶉の卵くらいのガラス玉を乗せていた。

 キラキラと光を反射させるガラス玉に、ナルトは魅入る。

 

 「あげるよ」 

 「え?…でも、いいんだってば?」

 

 遠慮がちに目を伏せる子どもらしくない反応に、注連縄は悲しげに眉を寄せた。

 

 「もちろんだよ…。ほら」

 

 小さな手をとると、その上に、そっとガラス玉を置いて。

あたる光で色を変えるガラス玉に、蒼い瞳も輝いた。

 

 「これはね…。魔法のガラス玉なんだよ」

 「…魔法…?」

 

 胡乱げな視線を向けるナルトの頭をそっと撫でて、ガラス玉を持つナルトの小さな手に、自分

の手を重ねる。

 

 「このガラス玉はね。人を映してくれるんだよ」

 「人?」

 「そう。持ち主の心の中で生きる人をね」

 

 半信半疑な様子にも気分を損ねることなく、やっぱりにっこりと微笑んだままで。

 

 「ほら。緑色」

 「え」

 

 慌てて目をガラス玉に戻せば、それは確かに緑色の光を放っていた。

 

 「緑色はね〜。信頼してる人を映す色なんだよ」

 「信頼…」

 

 ジィと見れば、浮かび上がるのはイルカの顔で。他にも三代目が映り込む。

 

 「わぁ…?!」

 「他にはねぇ。黄色だったら友達」

 

 黄色へと色を変化させたガラス玉に、サクラとサスケが映し出されて。

そして、交互に映る下忍仲間たち。

 

 「サクラちゃんと……サスケだってば。それに下忍のみんな…」

 「……そう!よかったねぇ」

 

 注連縄は本当に嬉しそうに笑い、クシャ、とナルトの頭を撫でた。

その手は温かくて、気が緩んだら泣いてしまいそうになって、ナルトはごまかすように慌てて、

ガラス玉を覗き込む。

 

 「え、ええと。次は…」

 「ああ…赤だね」

 「赤は?」

 「……見てごらん?」

 

 答えを言わずに注連縄は、微笑んだまま見るように促して。

ナルトも逆らうことなく、ガラス玉を見つめた。

 

 「あ…」

 「…誰が見えたの?」

 

 その言葉ににっこりと微笑み、ナルトは赤の意味を答えた。

 

 「赤は…好きな人の…。大切な人の色だってば!」

 

 本当に嬉しそうに笑うから、そこに映るのがどんなに大切な人間なのか伝わってきて。

注連縄は腕を伸ばし、小さな身体を腕の中に抱きこんだ。

 

 「え、え!」

 「…よかった」

 「…しいクン?」

 

 切なげな声音に、ナルトは首を傾げる。

けれど、腕の中は心地よくて、逃げ出す気にはならなかった。

 

 「よかった、ナルトくん。君が…人を愛せる子で…」

 「え?」

 

 そっと身体を離され、かち合った蒼い目に、ナルトは何故だか懐かしさを感じた。

消えてしまいそうな予感に駆られ、名前を呼ぼうとした瞬間、強い風が吹き、思わず目を閉じて

しまって。

 

 そして、一瞬、額に暖かな感触が押し当てられ、耳に言葉が残される。

 

 やっぱり優しい声は、どこか遠い記憶で、聞いたことがある気がして。

 

 「し…」

 

 風が止み、目を開けたときには……もう誰もいなかった。

小さな手の中に残されたガラス玉以外は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が落ち、月が出ても、動く気になれなくて。

ガラス玉を握り締めたまま、座り込んでいた。

 

 「………」

 「こーら」

 

 現れたのはカカシで。座り込んだナルトの横にしゃがみ込み、くしゃり、と頭を撫でてやる。

 

 「何やってんの。もう暗いでしょうが。なかなか帰ってこないから、心配したんだぞ?」

 

 眉間に皺を寄せるカカシを蒼い瞳がぼんやりと見つめ。

す、とガラス玉を目の前に指で挟んで突きつける。

 

 「?何?」

 「……ガラス玉、何色?赤?誰が見えるってば?」

 「へ」

 

 何色、と言われても。

カカシの目には、透明の、いや、向こう側に映る金色にしか見えなくて。

 

 「ナルト色、かな。金色に見えるから」

 「何、言ってるんだってば…」

 

 ナルトは照れくさそうに目元を朱で染め、ガラス玉を手の平に戻した。

 ──それ、言うならオレだって…。

カカシの姿は赤に映ったのだけれど、銀色の方が綺麗で、そちらばかり見つめてしまったから。

 

 「さ。帰ろう?お腹、空いたでしょ?」

 「うん」

 

 歩きだしたカカシに並ぶ前に、もう一度、手を開いてガラス玉を見れば、今度は青になっていて。

 

 ──青って…誰だってば…?

 

 

覗きこんだナルトの目に映ったのは───

 

 

 「ナルトー?」

 

 なかなかついて来ないナルトに首を傾げ、振り返ったカカシは、目を見開いた。

そこには、ポロポロと涙の粒をいくつも溢す金色の愛しい少年の姿があって。

 慌てて駆け寄って、前にしゃがみ込んだ。

 

 「どうした?どっか痛いとこでもあるのか?」

 「……わかん、ない…」

 

頭を撫でてやりながら、小さな身体を抱き寄せて。

宥めるように旋毛の上に口づける。

 

 「わかんないってば…」

 

 けれど、涙は止まらず、零れ続ける雫が、カカシの肩を濡らしていって。

 

 小さな手で握り締めたガラス玉は、優しい光を湛えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 幸せにね、なって欲しいんだ。

 だって、君はそのために生まれてきたんだから。

 人を憎む子ではなく、愛することのできる子になってくれてよかった。

 綺麗なものを素直に綺麗と言える子になってくれてよかった。

 逝ってしまったこの身体では、もう何もしてやれないけれど。

 君の幸せを祈り続けているから…。

 

 愛しい吾子。

 君が幸せであらんことを──

 

 

 

 

 

 生まれながらに憎悪を背負った少年は、愛し、愛してくれる恋人の、温かな腕に包まれて。

 

 

 同じ色彩をもった青年を、想って泣いた。

 

 

 

 

 

 

 END

 

 ■どうやって彼が現れたかは、お盆が近いということで。
  このガラス玉のネタの元は、中学時代に授業の一環で書いた
  オリジナルのやつから取ってたり。
  色は私のイメージです。人によっては違うかもですね。
  ■暑中見舞いにしようと思ったのですが…。
  あんまり夏っぽくないですねぇ…。それでもいいよvと言う
  方はお持ち帰りください。サイトに展示する、という方は
  ご一報を。

  よい夏をv




と、いうわけで戒吏さんから陣中見舞いのフリー小説をいただいてしまいました!
もう、もう、注連縄が格好よすぎです!
私の書く情けない注連縄とは大違いで羨ましい限りですよ。
ちょっと切なくて夏らしいという・・・。素敵じゃー!
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