駆け出せ!青春 5
合宿まであと2週間あるらしい。
それまでの間、部活でできることといえば、リフティングと走り込みが少しできるくらいだ。
合宿では二軍も三軍も平等に見るとは言っても、普段は変わりない。
いつものようにボール磨きやスパイク磨きに時間が削られてしまうので、大して練習ができない。
そうなるとやることは一つしかないよな。
「あ〜あ。何でオレが鍵係やらされなきゃいけないの・・・」
まだ霧が視界を覆うような早朝、藤代はグランドの中を一人歩いていた。
部室の鍵を最初に開けて、部屋をある程度綺麗にしておくのが「鍵係」の仕事だ。
部室の掃除も嫌だが、何より嫌なのが早朝の5時に鍵を開けなくてはならないのだ。
朝の練習は一応6時からなのにだ。
「掃除なんか適当にやってみんなが来るまで寝てたいよな」
一人でぶつぶつ言いながら、ドアを開けようと鍵を取り出す。
「・・・ん!?」
ところが、藤代は何かに気がついたようで急に横を見つめた。
「こんな朝早くに走ってる奴がいるよ・・・。爺ちゃんとかにしては走りが若々しいし。・・・って、!?」
いきなり藤代が大声を出したので、学校のフェンスの外で走っていた人物がびくっとした。
「おい!だろ?何してんだよ、こんな朝早くに」
ランニングをしていた人物、は立ち止まるとそのまま藤代と同じように大声で答えた。
「自主トレーニングだよ!」
「ええ?何で」
「合宿にそなえて・・・かな?」
「え?何だって?」
あまり聞き取れなかったらしく、藤代がのところまで走ってきた。
「いや、合宿にそなえて鍛えておこうと思って」
「別にそなえることなんてなくない?」
「っていうか、目標だな一応。早く上達したいから、合宿で少しでも活躍しようって目標を立てて練習してるんだよ」
今までの自分がウソみたいにやる気満々で、は自分で言ってなんだかこそばゆい気持ちになっていた。
「へえー!すげーんだなぁって」
「そ、そんなことないだろ。っていうか何故に急に名前で呼んでんだ?」
そんな風に藤代に言われて正直悪い気はしなかった。
けれど、恥ずかしかったので照れ隠しに話題を逸らすと、藤代は捨てられた仔犬みたいににすがり付いてきた。
「ひどいよ〜!三上先輩にはあんなに偉そうに名前で呼ばれても何も言わなかったくせに、オレはダメなの!?」
「い、いやそういうわけでは・・・。大体三上先輩は先輩なんだから文句なんて言えるわけがないだろ」
「じゃ、本当は嫌なんだ」
何故そんなに藤代が嬉しそうなのかには分からなかったが、思ったことを正直に言う。
「いいや。全然嫌じゃないけど」
「じゃあオレもいいでしょ!」
フェンス越しだったので、藤代があまりにも近づきすぎたせいで金網が顔にめり込んでいた。
そこまでの迫力に圧されれば、もただ頷くだけだった。
「ところで、何でサッカーボール持ちながら走ってんの?」
「ああ、もう少し走ったら公園に着くから、そこで練習もしようかと思ってさ」
藤代は「ふ〜ん」と言ってサッカーボールを見つめていたが、ふいに何か思いついたようだ。
「じゃ、こっちに来いよ!オレと一緒に練習しよう」
「え、ええ!?」
一軍の、しかも天才FWの藤代と練習!?
そうは思って、つい体が逃げの体制に入ってしまう。
「いいから。一人で練習してもあんまり身につかないもんだし!オレと練習したほうが絶対上達が早いって!」
「うえ〜」
苦い顔をするをフェンスごしでぐいぐい引っ張って、藤代は何だかとても嬉しそうだった。
こんな仔犬のような目で見られると、犬好きのオレとしてはつい・・・。
「って、痛い痛い!」
気がつくと、手がフェンスにめり込んでいた。
「あ、ごめん。てワケだから、こっちに来よう!」
「うっ・・・」
尻尾が藤代について、全開に振っているような錯覚が見えた。
「わ、分かったよ」
犬には弱いんだよ、オリァ・・・。
「全然へなちょこだな、は」
「う、うるさい」
二人で練習し始めて、何分か経ってから藤代がそう言ってきた。
「足はめっちゃ速いから何度か危ないって思ったけど、追いついてもテクニックがないから余裕でかわせるし」
「はいはい。ごもっともです」
ぜーはー言いながらは適当に返事をする。
対して藤代は汗さえもかいていない。
「ホントに分かったのかよ」
「あ!もう家に帰って支度しなきゃ。朝錬に遅刻する!」
「え?このままでいいじゃん」
「アホ!教科書も制服もないのにどうするってんだ」
「あ、そうか」
「それじゃ」
はそれだけ言うと、あっという間に藤代の前から去っていった。
「あ、つい勢いでアホなんて言っちゃった」
一軍のエースに向かってとんでもないことを言ってしまったような気がする。
けれど、藤代は全く気にしていなかったのを思い出す。
「・・・ま、いっか」
そういうこだわりは捨てたはずだ。
それに、そんなことを気にかけていては、藤代に失礼な気がした。
を見送ってから、上機嫌に藤代は部室に戻った。
鼻歌を歌いながらようやく鍵を開けると、思わず鼻歌は途切れた。
「な、な・・・」
部室は荒れたい放題荒れていたのだ。
「一時間も時間があったのは、このせいだったわけ・・・」
ここまで思いっきり散らかっていては一時間かかるはずだ。
けれど、もう30分くらいしか時間が残されていなかった。
「ど、どうしよ・・・?」
愕然としていると、けたたましい足音が聞こえてきた。
「おい!バカ代!!」
バンッと勢いよくドアを開けて入ってきたのは三上で。
「お前の部屋の目覚ましがうるさすぎて起きちまったじゃねえか!」
藤代と同室の笠井は全く起きないし、隣の三上と同室の渋沢も全く起きなかったのだ。
三上だけ起きてしまい、そのまま目が覚めてしまったようだ。
「三上せんぱ〜い!」
天の助けと言わんばかりに三上に抱きつこうとした藤代を、三上は難なく蹴飛ばしてよける。
「ひどい!後輩が困ってるのに足蹴にするなんてっ」
「はぁ?何で困るってんだよ」
それでも尚すがりついてくる藤代を足でよけつつ、一応聞いてやる。
「これ見てくださいよ!」
「なんでこんなに散らかってるんだよ。お前ちゃんと5時にここについたんじゃなかったのかよ」
「着いたことには着いたんだけど、と練習してたらこんな時間になったんです〜!」
藤代としては同情してほしくて言った言葉だったが、三上はそんな意図など知ったことじゃなかった。
「?いねえじゃねえか」
「そりゃそうですよ。自主練習してるところを偶然見つけて、一緒に練習してただけですもん。今は朝錬に行くために家で準備してる頃じゃないっすか」
「・・・ほ〜・・・」
ニコニコ答える藤代をジロジロ見つつ、三上は後ろに下がっていった。
「あれっ?三上先輩どこ行くんすか」
「部屋に戻るだけだ」
「ふ〜ん・・・って、え!!手伝ってくれないんですか!?」
泣きながら足にしがみついてくる藤代に、三上は空いてるほうの足で蹴りつつ答える。
「このバカ代が!!全部お前のせいなのにオレが何でそれを助けてやらにゃならん!」
「そ、そんな〜!お願いしますよ、せんぱ〜い」
どんなに引き離そうとしても藤代は吸盤がついたように離れない。
脳天をカチ割るくらいに強く蹴ってみようかと、三上が物騒なことを考えついたときだった。
「・・・朝から何してるんですか」
奇妙なものでも見るような目で、が立っていた。
「「!」」
そこで藤代は力が抜けて、地面にべちゃっと落ちた。
「もう来れたんだ?」
「ああ、オレの家ここからかなり近いし、走って行き来したから予想以上に早く着いてさ」
何となく三上が入れないそうな空気があるような気がして、三上は少し不機嫌になった。
「それより、部室の掃除手伝ってくれる?まだ全然終わってなくてさ」
「いいよ」
「じゃ、オレは部屋に戻ってるからな」
三上はそれだけ言うと、すぐに寮へと歩いていってしまった。
は三上も手伝うものだとばかり思っていたので、内心かなり残念だった。
ま、まあ三上先輩が手伝わないって分かってても一応手伝ったけどさ。
でも何だか三上先輩機嫌悪そうだったよな・・・。
オレに対して機嫌損ねてたら・・・?
「?」
ぼーっとしていたようで、藤代に心配そうに声をかけられてしまう。
「あ、ごめんごめん」
慌てて掃除を手伝おうとするが、また三上のことを考えてしまっていた。
オレ、何かしたのかな・・・。
最後の三上の不満そうな顔がの頭から離れなかった。
続く
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