駆け出せ!青春 3
部活が無事に終わって、はのんびり着替えていた。
三軍が片付けを最後にすると決まっているので、当然更衣室には三軍しかおらず、さらには早く着替えないとホームルームが始まってしまう。
なのに、はどこかぼんやりと着替えていた。
昼までもたないかも・・・。
部活が終わってから、ようやくことの重大さに気がついたらしく、三上と昼ごはんを一緒に食べるだなんて想像しただけで、は息切れしそうだった。
「〜。早く着替えないと遅刻するぞ」
三軍の仲間に声をかけられて、ようやく自分がまだ着替え中だということに気がつく。
「あ・・・。先に行っといて。オレちゃんと戸締りしておくからさ」
そんなの申し出に、ほかの仲間達は「そうか?」と言って、すぐにに任せて帰っていった。
一つため息をつくと、は三上のロッカーを見た。
・・・いきなり三上先輩と話せただけでも嬉しいのに、オレの名前も覚えてもらって、それだけじゃなく昼に呼び出されるなんて・・・。
そこでははっとした。
呼び出されるって、まさかいきなり殴られるなんてことはないよな・・・!?
ついいいように考えたけど、その可能性だってないわけじゃないし。
昼飯を誘われたにしろ、いきなり殴られるにしろ、オレには理由が分からないからどっちも有り得ないことはないもんな。
はそう考えると少し落ち着けたのか、急いで着替え始めた。
今はとりあえず三上のことを考えるのをやめにした。
「皆勤賞ねらってるから遅刻できないもんな!」
チャイムが鳴るまでにちゃんと教室にいないと遅刻扱いになってしまうので、はちゃんと部室の戸締りをすると、すぐに教室へと向かった。
昼の時間までのは、特に何も緊張せずにいつもと同じ日常を過ごすことができたが、いざ昼の時間になると、やはり緊張してきた。
「おい、、飯食おうぜ」
智之がいつものようにをさそって、近くの椅子に腰を下ろしたけれど、はあいまいに断った。
「あ、ちょっと用事あるからさ・・・」
「は?飯は食べないのかよ」
「いやあ、それがよく分かんないからさ。先に食べといてくれよ」
三上は昼に屋上に来いと言ったけれど、昼食を一緒に食べようとは言わなかった。
なので、はひとまず昼ごはんを持っていくのをやめにして、屋上に行くだけ行こうと考えていた。
「なんだよ、それ。また告られに行くとか?」
「んなわけないだろ。とにかくそういうわけだから、宜しくな」
ようやく教室から出ようとしただったけれど、急にドアの近くにいた人間に大声で名前を呼ばれた。
「お〜い!早く行こうぜ」
見れば、満面の笑みで手を振る藤代がいて、それを隣で呆れたように見る笠井の姿もあった。
「な、何であの二人がのことを・・・?」
それは本人のが知りたいくらいだった。
「それじゃ!」
とにかくこれ以上ここにいたらややこしくなりかねないので、はそれだけ言うと、藤代たちのほうへ走っていった。
「あれ、は買い弁なの?」
何も持っていないを見ると、藤代がそう聞いてきた。
「いや、弁当持ってるけど」
「なら忘れずに持ってこないと駄目じゃんか!何のために三上先輩がを呼んだのか分かってないんじゃない?」
どこか得意そうに言う藤代をぼんやり見て、は何となく笠井に助けを求めた。
「事実分かってなかったみたいだよ。・・・まあ無理もないよね。誠二なんかのことはいいから、弁当取ってきなよ。今から屋上で僕たちと三上先輩と渋沢先輩の五人でご飯食べるんだ」
笠井が状況の分かってないのことを考えて、丁寧に説明してくれた。
そのおかげで、自分の期待通りの展開だということが分かって、は喜ぶより緊張してきた。
「でも、何でオレが・・・?」
笠井の一言で騒いでいた藤代は、の問いに全く分からなかったので首をかしげて答えた。
笠井も実際昨日はその場にいなかったのでよく分からなかった。
だけど、今は急いで屋上に行くことがまず大事なことだった。
「さ、早く行かないと三上先輩にどやされるからね」
罰としてジュースの一つくらいパシリに使わされかねないので、笠井も藤代もに弁当を持たせると、さっさと屋上へとせかした。
昼間の屋上はサッカー部一軍の貸切状態で、はさらに緊張してきた。
っつーか、三上先輩達の貸切というべき?
周りには人が全くいないで、ドアを開けたらすぐに三上と渋沢の姿が見えた。
「おっせーぞお前ら!」
三上は待ちきれなかったのか、すでに昼食の半分は片付いてしまっていた。
渋沢は律儀に待っていたのか、三上とは正反対に笑顔で三人を迎え入れてくれる。
「こんにちは、君」
「えっあ、こんにちは!」
緊張した面持ちで言えば、三上にすかさず注意されてしまう。
「何かしこまってんだ。渋沢なんか尊敬に値するほどのヤツじゃねえぞ」
ひどい言われようだったけれど、渋沢はそんな三上に慣れているのか、別段怒った様子はなかった。
「ホントに、三上先輩は誰にだって攻撃的っすよね」
怖いもの知らずなのか、藤代が三上に突っ込むと、三上は当然プチッと切れた。
「まーまー。今日はがいるんだし、しょっぱなから怖がらせてどうするんですか」
三上が藤代を捕まえる前に、笠井が絶妙なタイミングでそういうと、三上はあっさり藤代のことを忘れた。
「よし、!こっちに座れ」
まるでペットのように呼ぶと、三上は自分の座っている隣を叩いて、そこに座るように促した。
「はあ・・・」
何が何だかわけが分からずも、は三上に呼ばれるままに三上の隣に座った。
そうして、今更三上が「」と呼んだことに気がついて、顔が真っ赤になってしまう。
「それで何でオレを昼食に呼んでくれたんですか?」
誤魔化すようには三上に質問した。
「何でって、ただ何となくお前に興味が沸いたんだよ」
とても自然な三上の言葉に、はかなりどきどきしてしまう。
こんな風にやましく思っているのは自分だけだと思うと、また恥ずかしくなって、はうつむいた。
けれど、の見えてないところで、渋沢も藤代も笠井もあんぐりしていた。
三上(先輩)が素直だ・・・!!
と、三人同時に同じことを思っていたのだった。
三人のことなど気がつきもしない三上は、の弁当箱を覗き込むと、おいしそうなダシ巻き玉子を発見した。
「お、これうまそうだな」
もうすでに自分の昼食を平らげてしまった三上だが、まだお腹が空いているようで、じっとのダシ巻き玉子を見つめてきた。
「・・・食べます?」
三上の視線に耐えられなくなって、は弁当の箱ごと差し出した。
「駄目だよ、!そんなことしたら食い意地の張った三上先輩が調子こくじゃん」
本当に怖いもの知らずなのか、藤代はそう言って、と三上の間に割り込んで三上から弁当を遠のけようとした。
「バカ代が・・・。覚悟はできてるんだろうな?」
三上が手の関節を鳴らして藤代に掴みかかってくるのをびくびくしながらが見ていると、渋沢と笠井が声をかけてきた。
「大丈夫、あれがあいつらの会話みたいなものだから。君は気にしないでいいよ」
にっこり笑顔で言われても、にはよけい怖いだけだった。
「キャプテンの言うとおり、あの二人はあれで楽しんでるから、そんなに怖がらなくてもいいよ」
今度の笠井の言葉に、三上と藤代はぴったり息があった否定をした。
「「んなわけあるか!!」」
「ね?」
そんな二人を無視して、笠井は二人の息の合い具合でを納得させようとした。
はあいまいに頷いたけれど、どう見ても三上と藤代のテンションには身がひいてしまう。
「ま、あの二人はほっといてご飯食べよっか。ね、キャプテン」
「そうだな」
二人はのんびりそう言うと、ご飯を黙々と食べ始めた。
いいのかな?と、が思ったときに、ちょうど元気のいい声がした。
「ああー!!キャプテンも竹巳も先に食べるなんて、ひどいっ」
藤代が三上からの攻撃を奇跡的によけると、たちのほうへ来てそう言う。
「だったら三上と遊んでないでちゃんと食べろ」
「渋沢〜。その言い方かなりむかつくぞ」
三上がそう言っても、渋沢は簡単に流してしまう。
「ああ、そうか?どうでもいいが、君を呼んだのはお前だろ。お前も藤代と遊んでる場合じゃないだろう」
「好きでバカ代の相手してたわけじゃねえ!ったく、どいつもこいつも・・・」
ぶつぶつ言いながら、三上はまたの隣に腰を下ろした。
またすぐそばに三上がいるのだと思うと、は緊張してきた。
ああ、何女の子みたいなやつになってんだろ、オレは。
でも都合のいいことがいっぺんに起こりすぎて、なにが何だかよく分からない。
こんなに顔が赤かったら三上先輩にオレの気持ちばれるかもしれないのに、どうしても誤魔化せない。
はまた黙ってうつむくと、三上がそんなを見ていた。
「・・・勝手に呼び出して悪かったな」
三上が少しだけ反省したように言ってきた。
「えっ?」
「いや、何だかずっと硬いままだからよ。イヤなのに無理やり来させたかなって思って」
まさか三上に心配させてしまうとは思わなくて、は慌てて言った。
「そんな!オレは逆に嬉しくて緊張してたから、硬くなってて・・・」
慌てて言ったために、つい本心を言ってしまった。
三上に自分の気持ちを悟られてしまったかと思っては混乱してしまったけれど、三上はそんなの言葉を聞いて安心したようだった。
「そうか、ならよかった」
そうしてお互いに疑問が消えたところで、みんなで仲良く昼食を食べ始めた。
途中三上と藤代が何度かじゃれあったりしたけれど、昼食の終わる時間になるころにはも二人のやりとりに慣れた。
そして、藤代とのケンカが終わったときに、まだの弁当の中にダシ巻き玉子があるのを見た三上は、今度こそからもらうことができた。
はまた弁当箱ごと三上に差し出そうとしたけれど、三上が雛鳥みたいに口をあけて待つので、は困ってしまった。
「あ」
三上が口をあけながら催促すると、は恐る恐る三上の口のなかにダシ巻き玉子を入れて食べさせた。
その際に手が震えなかったのは自分でもかなり奇跡に近かったとは思った。
そんなわけで、昼の時間はあっという間にすぎてしまい、五人は解散した。
教室に帰るときには藤代も笠井も方向が同じなので、三人仲良く帰っていった。
「さ、これからも一緒に食べない?」
藤代がさっそくになついて、名前で呼んだ上にすぐに昼のメンバーの常連に誘った。
「そんなの悪いし、分不相応だろ」
もすぐにみんなになじむことができたけれど、さすがにいつもこんな一軍の四人と食べるのは気が引けた。
自分だけ三軍で、それなのに一緒に食べてるなんて、妙にこだわってしまうけれどおかしいような気がしたからだ。
「大丈夫だよ。僕もがいてくれると嬉しいな」
笠井がさらにそう言った。
さすがにそこまで言われれば悪い気がしない。
けれど、それでもは断ろうと思っていた。
が、次の笠井の言葉ですぐにそんな考えは消し飛んだ。
「だって、がいると、三上先輩がちょっとは優しくなるからね。がいないと三上先輩悲しむかもよ」
笠井はに言ったのに、聞いていた藤代のほうがぶるっと体を震わせて怖がっていた。
はといえば、本当かどうかは分からなかったけれど、かなりそう言ってもらえて嬉しかった。
「そ、そんなに言うんならたまには」
いいかな?と、続けようとしたのに、藤代が「やった〜!」といって派手に喜んでしまうので、は諦めた。
ちょどよく予鈴が鳴ってしまったので、そこで三人は教室に帰るために別れたが、だけそのままその場所にいた。
「悲しむ・・・か」
本当かどうか分からなかったけれど、身分みたいなものを感じている暇はないのかもしれないとは思った。
「せっかくのチャンスだもんな」
付き合うだなんて無理だとしても、今日のようにずっと仲良く話せるようになりたいとは思った。
これからのことを考え、は気合を入れるべく教室まで走っていったのだった。
続く
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