駆け出せ!青春 2


 無心になって走る。
 ぐんぐんと標的に近づいていく。
 あとは男の手の中に持っている財布を奪い返せばいいだけだ。
 だけれど、手を伸ばせばうまいこと避けられてしまう。
 ちょっと考えたオレは、男へと体ごと寄りかかり、壁へと追いやってみた。

「くそっ・・・!」
 すると、すぐに身動きができなくなって、走る速度が遅くなった。
 そこをすかさず捕まえると、男の手から財布を奪い返した。

 ・・・なんだけど、オレはそれだけが精一杯で、男が逃げていったのに気が付いていたけれど、追えなかった。
 とにかく財布は奪い返さないと!と思っていたので、しっかり財布は持ってたんだけど・・・。
 三上先輩が追いついてきた頃にそれを思い出して、オレは慌てて謝った。


「ごめんなさい!」
「は?」

 三上は何で謝られるのか分からなかった。
 しばらく二人ともお互いの言いたいことが分からなくて、ぼーっと見詰め合っていたけれど、がどう言おうか困っている間に三上が気がついた。
「ああ、財布泥棒を逃がしてごめんってわけか」
 三上のその言葉に、は一生懸命頷いてみせる。
「でも別に謝んなくてもいいだろ、財布取り返してくれただけでも俺は十分だし」
 が何もしゃべれないうちに、また三上は話しだした。
「しかし、お前足速いな!何部に入ってんだ?やっぱ陸上とかか」
 三上はこれだけの足の速さならサッカーでも十分役に立つと思い、が帰宅部ならサッカー部に誘おうかと思っていた。
「サ、サッカー部です」
「まじかよ!?何軍にいたっけか?つーかお前一年だよな」
 同じ部にいたなんて知らなかった三上は驚いてしまう。
 当然知らなかったのは、が入りたての一年だからかと思って、確認するように聞いてみた。
「いや、二年ですけど・・・。三軍にいます」
 最後の台詞はうつむきながら言ったので、何とか聞き取れるぐらいの音量だった。
 三上は納得がいかないところがあった。
「二年なら見たことあってもおかしくないのに、何で知らなかったんだろな」
 はただ三上の言っていることを聞くだけで精一杯だった。
「でもまあ、それぐらいの足の速さなら練習次第でもしかして一軍になれるかもな」
 三上に笑顔で言われて、は自然と顔が火照るのを感じた。
「あ、ありがとうございます」
「あとは自己アピールだな!お前名前なんてんだ?」
 いきなり三上に名前を聞かれて、は驚きながらも自分の名前を言った。
です・・・」
「それだ」
 またいきなり謎の指摘をされて、はついていけなかった。
「そういう控えめなところが印象に残らなくて、人に忘れられたりするんだよ」
「はあ・・・」
 一応返事してみせると、三上は納得がいったのか、嬉しそうな顔をした。
 そこで遠くから渋沢や藤代が三上を呼ぶ声が聞こえて、三上は返事をすると、またのほうを見た。
「じゃーな、!部活頑張れよ」
「あ、はい」
 三上はの返事を後姿で手を振って返事をすると、渋沢と藤代のいるところまで走っていった。
 は少しだけぼうっとその様子を見ていたけれど、はっとすると慌てて帰ることにした。

「財布取り戻せたのか」
 渋沢は少し驚いて三上に聞いた。
「ああ、さっき俺といたやついたろ?あいつが取り返してくれたんだ」
「さっきのやつってっすよね」
 藤代が興味深々に聞いてきたので、三上は珍しく藤代相手なのに素直に答えてやる。
「ああそうだけど。お前あいつのこと知ってんのか」
 まあ同学年なら知らなくもないな、と三上は思っていた。
「そりゃあ知ってますよ。あいつああ見えて結構モテるんすよ」
「へえ」
 そう言えば、顔はそんなに悪くなかったような気がする。と、三上は思う。
「あいつ同じサッカー部にいて三軍だっての、お前知ってたか?」
 一応確認のために藤代に聞くと、藤代は驚いていた。
「ええ!?まじっすか?あいつ、サッカー部にいたんだ・・・。知らなかったっすよ」
 三上の予想通り藤代は知らなかったみたいだ。
「俺もあんなやつがいるなんて知らなくてよ。これから面白くなりそうだな」
「へっ?」
 藤代が最後の三上の言葉が理解できなくて、つい聞いてみたけれど、当然無視された。
 渋沢もわけが分からなかったけれど、このままここにいても何なので、二人に帰るように声をかけた。
 そうして三人は何事もなかったかのように寮へと帰っていったのだった。


「も、もしかしてオレってラッキーなのか・・・?」
 ぶつぶつとは歩きながら言っていた。
 幸い周りに人がいなかったので怪しまれずに済んだが、はそれどころじゃなかった。

 あの、三上先輩と話をしたうえに、名前まで覚えてもらった・・・!

「もう何も思い残すことはないな・・・」
 まるでこれから死ぬみたいな縁起の悪い言い方をして、は感慨にふける。
 の最後の目標が、せめて三上に名前を覚えてもらうことだっただけに、妙な達成感がを取り巻いていた。
「でも、がんばれ・・・か」
 三上にまで部活を頑張れと応援してもらった。
 は今までそれなりに自分はがんばっていたつもりだったけれど、それでも足りなかったのかもしれないと思い始めていた。
「もっとがんばったら、三上先輩と仲良くできるかもしれないし・・・。もっとがんばってみるか?」
 最後は疑問系だったけれど、取りあえずははやる気が出たようだった。
「まずは三軍の練習でのリフティングを重点的にがんばっていくかな」
 友達の智之はそこに目をつけて、いつもまじめに練習に取り組んでいた。
 もそんな智之を見て腐っていないで、まずは見習わなきゃいけないと思い始めることができた。
「まずは家でリフティングの練習でもやるかな」



 そうしては少し明るい気持ちで朝練に出た。
 すると、いきなり更衣室のドアを開けると、三上が立っていた。
「おはようございます」
 驚きつつも、それを表に出しては失礼だと思い、は平静を装ってあいさつをした。
「おはようじゃねえ。、お前どこの部屋にいるんだ?」
「へ?」
 三上が待っているのは渋沢あたりだと思い、自分には用がないと思い込んできただったが、三上はどうやらに用があったみたいだ。
 しかも、昨日今日で覚えてくれていたと知って、は驚いていたので、間抜けな返事をしてしまった。
「へじゃねえ!寮だよ、寮。昨日お前を探してたんだけど、どこの部屋にも見つからなくて、結局時間が遅かったから探すの諦めたんだよ」
 何でわざわざ自分を探してくれたのか分からないなりにも、は答えた。
「そりゃあそうですよ。オレ、自宅が近いから自分の家で通ってますもん」
 平然と言うに、三上は少々いらつきながらも合点がいったようだ。
「それで、お前の顔も覚えてなかったんだろうな。ナルホドよく分かったぜ」
 分かってもらえて良かった良かった。と、が思ったのもつかの間、三上はまたに話しかけてきた。
。お前今日の昼の時間、屋上に来いよ」
「え?」
 が呆けている間にも、三上はそれだけ言うと、さっさと練習場へ去っていってしまった。
 いきなり何のことだか分からないは、しばらくぼんやりと三上を見ていた。
「どうした?、早くしないと練習に遅れるぞ」
 先に着替えていた智之が気を遣ってに声をかけてやるが、は混乱して聞いちゃいなかった。
「何で?」
 ぼそっと言った言葉に、智之も混乱するはめになった。
「何でって、時間が迫ってるし・・・」
 しかし、そんな智之の言葉さえもは聞いていなかった。
 けれど、さすがにやばいと思った智之は、勝手にを着替えさせると、そのまま練習場へと引っ張り出したのだが。
 もちろんはそんなことも覚えちゃいなかったのだが。

、今日もスパイクいっぱいあるぜ」
 昨日少しだけもめた三軍の仲間が気さくに話しかけた頃に、はやっと復活したのか、返事をした。
「あ、ああ。がんばるか」
 そんなの言葉が以外だったのか、その仲間は少し驚いたようだった。
「ん、どうかしたのか?」
 仲間の様子に気がついたは何気なく聞いてみた。
「なんか、お前少し成長した?」
 聞きようによってはかなり失礼な言葉も、は鈍いのか別のことを思った。
「何でいきなりそんなわけの分からんことを・・・」
 それでも素直に喜んで、少し照れたほどだ。
「いや、何となくそう思っただけだって」
 仲間はそうやって、と同じように照れたように笑っていたが、はその間にもスパイクを黙々と磨いて、もう5足は磨き終えていた。
「作業も早いしさ。どうしたんだよ、急に」
 他の仲間もの変化に気がついて、そう声をかけてきた。
「ん〜、ただ早くスパイク磨いて練習しようかなと思ってさ」
 いつもやる気がなかったがそんなことを言うなんて、みんな意外で驚いた。
 けれど、そんなに感化されて、この日のスパイク磨きはいつもの2倍も早く終わらせることができた。
「お、今日の三軍は作業が早いな」
 三上がちょっとした休憩中に三軍の様子をうかがえば、三軍はもう練習にとりかかろうとしているところだった。
「何見てるんだ、三上」
 渋沢とシュート練習をしていたので、渋沢も三上の近くで休憩をしていた。
「あいつだよ。昨日話した
 そうして渋沢もを見てみると、はリフティングに奮闘しているところだった。
「今日の昼あいつ誘ったから」
「よっぽど彼のことが気に入ったんだな」
 渋沢は驚きもせずに、穏やかにそう言った。
「なんか、あいつ面白そうじゃねえか。何で三軍なのかってところからして謎秘めてて面白いしな」
 確かに見ていると、は飽きなかった。
 一見平凡で何も興味なさそうに見えるだが、今ボールと奮闘している目はとてもキラキラしていて、一生懸命さが見てるほうにも伝わってきて、とても共感できるような人柄だとうかがえた。
「まあ俺は構わないよ」
「よし!」
 どうせ反対したところで、結局人の意見なんて聞きはしないのに。と、渋沢は思うと、笑ってしまう。
「昼が楽しみだぜ」









続く










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