駆け出せ!青春


 退屈な授業が終われば部活が待ってる。
 けれど決して部活自体が楽しいわけじゃないんだけれど。

 帰りのホームルームをどこかかったるそうに聞いているのは、武蔵野森サッカー部に所属しているという生徒だった。
 けれど他にも騒いだりして目立っている生徒がいたので、担任の教師はに目もくれないでしゃべり続けていた。
 はぼんやりと窓の外を見てみると、さっそく早く教室から出て行けたサッカー部の生徒が準備に入っていた。

 あ〜あ。オレも早く部活に行きたい・・・。
 そりゃあ行ったところで別に面白くもなんともないけどさ。
 けど部活じゃなきゃ堂々と見ることだってできないし。

 ため息をついてまたグラウンドを見下ろしていると、急にの動きが止まった。

 うわ・・・。もう来てる。
 受験生なのにホント、部活熱心だよな三上先輩って。

 三上を見てから急にそわそわしている自分に気がついて、慌てて気を落ち着かせようとするけど、到底無理だった。
 三上はにとってずっと憧れの存在でもあり、恋愛の対象でもあった。

 けど、当然無理だってわかってるけど。
 大体男同士で変だし。
 オレの名前なんか知らないだろうし。

 はもう二年生になるが、ずっと三軍のままだった。
 当然ずっと一軍にいる三上には気がついてもらえるはずもなかった。
 取り柄が足の速さで、サッカーも好きだから入部したのに恋も成就しなければ部活も思うようにいかない。
 最近のは両方とももう諦めていた。
 三上への気持ちは当然最初から伝えるつもりもなかったけれど、せめて同じ一軍に入って名前だけでも覚えてもらおうと思っていた。
 それが、足が速いだけじゃあ意味がないと言われて、それ以来ずっと三軍のままだった。
 同じ部活仲間の智之が最近二軍に上がったけれど、それはやる気が起きるどころかよけいくさってしまった。

 でももういいんだ。
 三上先輩はもうすぐ引退しちゃうし、それまで部活でボール磨きながら見てるだけでも。
 それだけでもう十分。
 こんな何事にもやる気のないオレには資格がないんだ。


「おい!早く部活に行こうぜ」
 いつの間にかホームルームは終わっていたらしく、クラスメイトでもある智之に呼ばれた。
 はまだどこかぼんやりした様子で返事をすると、席を立った。
「今日は久しぶりにいい天気だよな〜。最近ずっと雨降ってたし、体育館で練習ばっかしてたからたるかったしさ」
「そうか?オレは無駄にボール磨かなくて済んでよかったけど」
 まるでやる気のないの台詞に、智之は一瞬言葉に詰まってしまった。
「・・・あのな、やる気出せよ。お前はやる気がただ単に足りないだけなんだよ」
「だってもうどうでもいいし。無駄だって悟ってもちゃんと部活に参加してるオレって偉くない?」
「アホか!お前は絶対やればできるよ。ただ前から気になってたんだけど、ってよく部活中によそ見してぼーっとしてるよな。俺が思うに、そういうところがいけないんだと思うんだよ。もっと練習に身を入れてだなぁ・・・」
 は智之の言葉を聞いて、内心とても驚いていた。
 まさか見ていたとは。
 ただ智之の言葉を聞く限りでは、が何を見ているのかまでは気がついていないようだったので、そこは安心できたけれど。
「ほら、またぼーっとしてる。そういうところがいけないんだって!」
 が何を考えているのか知らない智之は、勝手に勘違いしてまた叱っていた。
「ん、ああ。そうだな」
 それに安心してなるべく平静を装って返事をすると、智之は納得したようで嬉しそうにの髪をかき撫でた。
「うわっ!オレ様のセットが崩れるじゃねえか!」
 そんな他愛のない話をして歩いていくと、いつの間にか部室についていた。
「早く着替えないと俺達遅刻かもな」
 部室に入ると、着替えている部員は数人しかいなく、もう練習にでている部員がほとんどのようだった。
「まあ理由を言えば大したことないだろ」
「馬鹿!その分練習できる時間が減るじゃないか。そういうところがすでにお前はやる気がないんだよ」
 智之はそう言って、を無視してダッシュで着替え始めた。
「ぼーっとしてないでもさっさと着替えろよ」
「はいはい・・・」
 やる気のない返事をしてまた智之に睨まれたけれど、気にしないでのそのそと着替えた。
 が着替え終わるのを確認すると、智之は引きずるようにグラウンドへと連れて行った。
「そんなに練習面白いか〜?」
 二軍になってからの智之は前よりやる気で、必ずを引っ張り出してはいち早く部活へと行こうとする。
「面白いさ!も二軍になればその面白さが絶対分かるよ」

 二軍になればって、簡単に言うけど・・・。
 それができりゃあ苦労はしないっての。
 大体無理なんだよ。
 オレの取り柄は足の速さだ。
 けれど、それを三軍の練習のどこで生かすことができるっていうんだ?

「じゃあな、。しっかりやれよ」
 はっと気がついたときには智之は二軍のところへと行っていた。
 暗い考えを捨てて三軍がいるところへ向かう。

 あ・・・シュート打ってる。

 ちょうど一軍の練習をみれば、三上がシュートを見事に決めていたところだった。
 だけど、三上は同じ学年の藤代などとは違って、練習でも試合でもシュートが決まっても喜んだりはしない。

 何かそういうところがまたいいんだよな。

 嬉しそうにうんうん、なんて頷いていると、同じ三軍の仲間に変な顔で見られてしまった。
「おい、今日はスパイクの量がすごいぞ」
「まじで?臭いから嫌だよな〜。スパイクぐらい自分で手入れしろっての」
 そう言って、は練習前なのにさっそくスパイクを磨きだした。
「まだ練習始まってないしいいじゃねえか」
「でも早く終わらせたら楽だろ?」
 そう言っては黙々と磨きだしたので、みんなも同じようにスパイクを磨きだした。
 そこでさっそく三軍をいびりに二軍がやってきた。
「へ〜、前向きにスパイクを磨くなんてずっと三軍でいるつもりみたいだな?」
 みんなは嫌そうな顔をして大人しく聞いていた。
「そんなに三軍の仕事が欲しいならこれも頼むぜ」
 と、かごいっぱいのサッカーボールをいっきに落としてきた。
 他の三軍の仲間はあわてて散らばっていったボールを追いかけるが、は気にせずずっとスパイクを磨き続けていた。
 二軍はそれで満足したらしく、笑いながらまた去っていった。
「ホント、やなやつらだよな」
「ん?何が?」
「って、何か反応薄いなと思ったら聞いてなかったのかよ!?」
 は二軍が来たこと自体あまり気にしてなかったので、何をしゃべっていたのかも特に気にしていなかった。
「・・・ま、だもんな」
 三軍の仲間は、がそういうマイペースなところがあるのを知っていたので、これ以上何も言わなかった。


 無心にスパイクを磨いて、次はサッカーボール。
 単純な作業を繰り返して、それがやっと終わって練習ができるころにはもう日が暮れかけていた。
「昨日雨が降ったせいで、みんないつも以上に練習熱心だったもんな」
 は冷静にそう言うが、他の三軍仲間は納得がいってないようだった。
「でも、だからって俺たちは練習ができないのはおかしいよ」
「何言ってんだよ。別に部活のあとにだってやろうと思ったらできるじゃないか」
 が言うことはもっともだっただけに、みんなむっときてしまう。
「だからって自分達の練習ぶりは監督に見てもらえないじゃないか!そうじゃなきゃ意味がないだろ」
 もその言葉にむっときた。
「何だそれ。サッカーが好きで部活に入ってんじゃないのかよ。何でそこで監督が出てくんだよ」
 何だかやばそうな雰囲気に、すかさず智之が割って入ってきた。
「ほらほら、喧嘩はやめろって!」
 そこでは大人しく引き下がったので、みんなも引き下がることにした。
「・・・悪かった。じゃあな」
 それだけ言うと、は智之も置いてさっさと部活から去っていってしまった。


 何だか気に食わないんだ。
 ああいう考え方はオレは嫌いだ。
 確かにそれを押し付ける権利はオレにはないからちゃんと謝ったわけだけど。
 でも実際は納得がいかない。
 そりゃあ監督に認められて一軍になりたいって思うのは一緒だ。
 けれど、あいつらの言い方はもうそれだけのように聞こえたんだ。
 本当にサッカーが好きなのか?
 一軍になることに意味があるみたいだ。

 は怒り顔で帰り道を歩いていたせいで、騒ぎに気がつかなかった。
 気がついたのは好きな人の焦ったような叫び声だった。
「俺の財布を盗りやがった!!」
 え?と思ったときに、ちょうどの隣を一人の男が走り去った。
 それに続いて三上が走ってきた。

 わ!?三上先輩っ?何でこっちに向かって走ってきてんの?
 しかもすごい形相で。

 けれど、さっき三上が叫んだ内容をふと思い出すと、合点がいった。
 三上がの隣を走りすぎるのを見て、どうしようか迷う。

 オレも一緒に手伝ったほうがいいのかな・・・?

 見れば、三上と一緒にいた渋沢や藤代たちも一緒になって追いかけているが、距離があったせいかみんな追いつけないようだった。
「くそっ・・・!」
 遠くのほうで三上が悔しそうに言ったのを聞いて、は無意識に走り出していた。







続く



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