クラスメイト
「それでは次のところを郭、やってくれ」
数学の先生がけっこう難しい問題をクラスメイトの郭くんにあてた。
普段なら成績優秀の郭くんならすぐに答えてるんだけど・・・。
「先生!郭くん具合悪そうです」
郭くんの隣の席の子がそう言ったので郭くんを見てみると、本当に辛そうだった。
ぼーっとその様子を見ていると、先生に呼ばれる。
「じゃあ保健委員の、郭を保健室まで連れてってやってくれ」
「は、はい!」
そうだった。保健委員は俺なのにぼーっと見てる場合じゃない。
とりあえず郭くんの席まで行って声をかけることにする。
「郭くん立てる?」
すると、郭くんは辛そうなのに無理をしながら立った。
「・・・大丈夫」
彼がそう言うんだからしょうがない。
俺はただ郭くんを保健室まで連れて行くだけだった。
保健室に着くと、ちゃんと保健の先生がいた。
郭くんを見てすぐに「これは疲れが溜まってるのね、一時間ぐらい寝てるといいわ」と、言った。
保健室に行ったら必ずカードを書かなくちゃいけないので、俺は郭くんの名前とかを書き始める。
「郭くん、今日朝ご飯は食べた?」
この欄は俺は分からないから郭くんに聞いたけれど、返ってきたのは小さな寝息だった。
「相当疲れが溜まってるのね。また授業が終わったら来てくれるかしら?」
「はい」
そういうことならしょうがない。
俺は返事をしてまた教室に帰っていった。
授業中、何となく郭くんは大丈夫かな。なんて心配してみたりして、俺って結構保健委員の鏡じゃん?
でも、今まで郭くんが具合悪くなったことなんてなかったよなぁ。
疲れが溜まってるなんて、何をそんなに疲れるようなことをしたんだろう。
勉強のやり過ぎとか?
・・・でも郭くんは俺と違って頭いいからそんなに頑張って勉強することなんか無さそうだけど。
そんなことをつらつらと考えていると、周りの席に居る女の子達がその郭くんの話をしていた。
「郭くんどうしたんだろ〜?大丈夫かなぁ」
「すごい顔色わるかったよね〜」
「ほんと、心配だよね。風邪とかかなぁ?でも今は風邪はやってないし・・・」
「とにかく早く元気になってほしい〜!」
郭くんはかなりもてるので、女の子達が心配するのも無理はないよな。
頭いいし、スポーツ万能だし、かっこいいし・・・、俺にも少しぐらい何か分けてほしいよ。
俺なんかダサい眼鏡かけてて、勉強は一生懸命やらないとてんで駄目だし。
背もあんまり大きくないし、女の子に一度はきゃーきゃー言われてみたいものだよ・・・。
フッ・・・なんて自嘲気味に考えていたら、郭くんのことを話していた女の子達に声をかけられていた。
「ちょっと聞いてるの?」
「あ・・・、ごめん。何て言ってたの?」
俺がそう言うと、その子は「しょうがないわねえ」とぐちぐち言いながらまた喋りだす。
「だから、郭くんの様子はどうだったかって聞いてるの!」
「ごめん・・・。郭くんならすぐに寝たから、授業終わった頃にはましになってるんじゃないかな」
「ましって何なのよー!」
うわーん!ましで分かってよ。
何で俺にはそんなにひどい対応なんだよ。
顔が悪いからってそんなに差つけることないじゃんか!
って言いたかったけど、そんなこと言ったらまた何を言われるか分かったもんじゃないから、我慢した。
すると、その女の子の前の席の剛田さんがフォローしてくれた。
「あんまりを苛めるんじゃないよ。可哀相だよ」
「だって、君てばいつもはっきりモノをいわないんだもん」
「だからってその対応はひどいよ。もし郭が何かはっきり言わなかったとしても、あんた達はみたいな対応はしないでしょうに」
「だ、だって・・・、ねえ・・・?」
そこでチラッと俺を見ないでほしい。
「何よ、だって眼鏡とったら案外いい男かもしれないでしょうに」
それは無いから・・・。だからみんなそんな興味深々な目で俺を見ないでくれよ・・・。
女の子達の話を聞いていた周りのみんなまで俺を見てくるし。
「名誉挽回しな。眼鏡をとるのよ」
俺を助けてくれていたはずの剛田が、いつの間にか一番厄介な人間になっているのは果たして気のせいだろうか・・・。
みんな授業中だということも忘れて、眼鏡コールを始めてしまう。
「メガネ!メガネ!」
怖いからやめてくれよ・・・。
それに気づいた先生はみんなを黙らせようと声をかけたけど、ちょうど良く授業が終わるチャイムが鳴ってしまう。
激しいメガネコールの中、俺は急いで郭くんのいる保健室へ逃げるように向かった。
「失礼しまーす」
そう言って保健室のドアを開けると保健の先生は電話をしていたので、先生は電話をしながら郭くんの寝ているらしいベッドに指を指して俺を促した。
先生は電話中だし、郭くんもまだ寝てるかもしれなかったので、俺は小さい声で郭くんを呼んだ。
「郭くん、起きた?」
カーテンを開けながら言うと、郭くんは既に起きていたらしく、もう身支度をしていた。
「あ、起きたんだ。じゃあ保健カード書くから質問に答えてくれるかな」
「俺が自分で書くからいいよ」
そう言って郭くんは起き上がろうとしたけど、まだ体調が良くないのか体がふらついてしまう。
慌てて支えると、郭くんは素っ気なく「ごめん」とだけ言った。
何だか、郭くんってもてるのにそういう冷たい態度ばっかりとってるから勿体ない気がする。
とにかく病人に無理はさせちゃいけないので、俺が書くことにした。
「やっぱり俺が書くから質問に答えてね」
「・・・分かった」
そっぽを向きながら喋られると、俺って嫌われてるんじゃないかと思うんだけど・・・。
「そうだ。まだ辛かったら保健室に休んでるといいよ。次の時間は体育だし」
なるべく笑顔を作って喋ると、何故か郭くんは驚いた顔をしたので、不思議な顔をしていると、
「次体育って、は着替え間に合うの?」
そう言ったので、俺はびっくりした。
「お、俺の名前知ってたの!?」
「・・・え」
郭くんはちょっと(?)呆れた顔をしていたけれど、俺は構わずに喋りつづける。
「しかも次の授業の心配してくれたし・・・!郭くんって冷たい印象があるから俺、意外で驚いちゃったよ!!」
「・・・俺だって人並みにクラスメイトの心配くらいするよ」
「あ!そうだよね、ごめん!失礼なこと言っちゃって」
俺がわははと照れ笑いすると、郭くんが少し微笑んだので、俺はまた驚いてしまう。
「郭くんもそういうふうに笑うことがあるんだね!」
俺はまた失礼なことを言っちゃったらしく、郭くんはため息をついている。
「俺だってがこんなに明るい奴だって知って、充分意外なんだけどね」
「え!?俺って明るいかな!?」
「うん、かなりね」
そういうふうに言われるのは初めてだったので、俺はすごい嬉しかった。
俺がはしゃいでいると、授業開始のチャイムが鳴り出した。
「ほら、早く行きなよ。俺は後で行くから」
「駄目だよ、郭くんまだ辛そうなんだからこの時間も休んどいた方がいいよ」
そう言って俺はまた郭くんをベッドに押し戻した。
郭くんは俺が絶対に体育の授業に出させないと知って諦めたようで、溜息をつくとまたベッドに戻ってくれた。
俺はひと安心すると、もう授業が始まっていることを思い出して、慌てて保健室から出て行く。
「それじゃあ、また授業が終わったら見に来るからそれまでゆっくり寝てるといいよ」
そう言って出て行こうとしたけど、ドアを閉める直前に郭くんに声をかけられる。
「ありがと、」
それはとっても素っ気無い言い方だったけど、こんなことでお礼を言われたのは初めてだったので嬉しくなってしまう。
俺はいつも具合の悪い人を保健室に連れて行くけど、そんなことだけでお礼を言われたことは今まで一度もなかったんだ。
だから大きな声で「どう致しまして!」と、返事をしておいた。
ドアの向こうで郭くんが驚いたような気配が感じられたけど、まあ気にしないでおこう。
「遅いぞ、何をやってたんだ」
「す、すいません・・・。郭くんの様子を見に行ってたらつい遅くなってしまって」
やっぱりというか、当然というか、俺は体育の授業に遅刻をしてしまった。
一応先生に質問されたとおりに、何故遅れたかを言ったけれど、やっぱり叱られる。
「それならすぐに済むだろう。いつももたもたしてるからお前はすぐに遅れるんだ。授業が終わったら罰として道具を体育館倉庫に片付けてもらうからな」
え・・・、それはちょっとまずいかも。
だってこの授業が終わったら、すぐに郭くんのところに行くって言っちゃったし・・・。
なんてことを思って返事をするのを忘れていると、さらに先生から怒られてしまう。
「分かったらちゃんと返事しろ!」
「は、はいぃ!」
情けない声で返事をしてしまったら、近くで聞いていたクラスのみんなに笑われてしまった。
俺って一体何なの・・・。
授業が終わって、俺は先生に言われたとおりに体育の用具をかたずけ始めたけれど、これがなかなか終わらない。
なんてったって高跳びだもん・・・。
バーはまだいいとしても、マットはかなり厳しい。
こんなでかくて重いのを一人で運べなんてひどすぎる。
もう授業が終わってだいぶたっているけれど、あいにく昼食の時間なので時間はたっぷりあるんだな、これが・・・。
俺が一人悲しみに暮れていると、体育の先生がやってきた。
手伝ってくれるのかな。なんて思ったら甘かった。
「早くしろよ、五時間目までにはちゃんと片付けておけよ」
そう言ってさっさと倉庫からいなくなってしまった。
ひ、ひどい・・・。
どんなに悲しみに浸っていたって、何もしなかったら時間は過ぎていくだけなので、俺はしょうがなしに頑張ることにした。
けれど、やっぱりマットが運べない。
一人でうんうんうなりながら頑張ってみても、マットはぴくりとも動かない。
「う〜、早くしなきゃ郭くんが待ってるってのに・・・!」
「悪いけど俺から来ちゃったよ」
急に背後から声が聞こえてきたので、俺は心臓を口から吐き出すんじゃないかと思うくらいにびっくりしてしまった。
「んかっ郭くん!もう大丈夫なの!?」
「大丈夫だよ。それよりこそ大丈夫なの?」
そういえばマットをまだ運んでいなかったっけ。
しかも今気がついたけど、俺の腕からマットが今にも滑り落ちそうになっていた。
「うわわ!」
マットと一緒に倒れそうになったところを、寸でのところで郭くんが支えてくれた。
「・・・しっかりしなよ。そういうトロいところがこうやってすぐにダシに使われちゃうんだから」
「は、はい・・・。ごめんなさい・・・」
なんか俺って本当に郭くんと同い年なのかな・・・。
こうやって説教されてると俺ってかなり年下みたいに感じるし、実際郭くんより背も低いからよけいってかんじ・・・。
叱られてしょげているんだと勘違いしたらしい郭くんは、あやすように俺の頭を撫でた。
だけど、それは逆効果だよ郭くん。
今の俺には追い討ちをかけられたようなもんさ・・・。
「こうやって叱ってるのは俺がちゃんとのこと気に入ってるからなんだよ」
「へっ?」
「どうでもいいやつのことなんか俺は気にかけて叱ったりなんかしないから」
郭くんはそう言うと、俺があんなに苦労してたマットを一人で運んでしまう。
「ありがと!病み上がりなのにごめんね」
郭くん一人で余裕に運べそうだったけど、一応俺も手伝ってお礼を言う。
すると、またそっぽを向いて、
「別にお礼を言われるほどのことじゃないよ」
と言った。
ひょっとして郭くんって恥ずかしがり屋さんなのかな?
「でもありがとね。本当に助かったよ」
笑顔で言ったら、郭くんはよけい向うの方を向いて、結構面白かった。
「郭くんって実は恥ずかしがり屋さんでしょ。だからみんなや告白してくる子にわざと冷たい態度とってるんでしょ!」
「え・・・」
「うん!分かってるから全部言わなくていいよ!」
「いや、だから俺は気に入ってる奴にしか・・・」
何か郭くんは言ったような気がしたけれど、俺はちゃんと聞き取れなかったのでさっさとグラウンドから出て行く。
「郭くんも結構かわいいとこがあるじゃん!」
「あのね・・・」
後ろで脱力したような気配を感じたけれど、気のせいだという事にして俺は元気よく教室に帰るのだった。
尻切れ終わり
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