灯台下暗し
 
 
 今日は珍しくすっきり晴れた日で、ここ最近の雨の日々が嘘のように空は青く晴れ渡っていた。
 けれど、一人だけ気分はずっと梅雨か、真冬のような気分の人間がいた。
「それ、本当だってば・・・?」
「本当よ!私がその台詞を言いたいわよ〜」
 ナルトは家の鉢植えの肥料などを買いに、いのの花屋へ買い物に来ていたところだった。
 けれど、いのと顔を合わすや否や、すぐに店の奥へと引っ張りだされてこう言われたのだ。
「あんた、サスケくんとサクラが付き合い始めたって知ってた・・・?」
 それを聞いたとき、ナルトはかなりのショックを受けた。
 だけれど、いのは別の解釈をしてナルトを励ました。
「あんたも私も一緒に振られちゃったわね〜。でも、サクラよりいい女なんか腐るほどいるわよ!どうせすぐにいい人見つかるって!」
 正直最初の言葉で、いのが自分の気持ちを知っていたのかと思ってびっくりしたナルトだったけれど、あとの言葉で安心した。
 
 そうか、まだいのはオレがサクラちゃんのこと好きだって思ってたんだ。
 
 いのの愚痴や説教やアドバイスを聞いて、花をおまけしてもらって、ナルトはやっと家路へと向かった。
 その道のりで、ずっとナルトはどんよりしていた。
 
 何でサスケのやつ、オレに何も言わないでサクラちゃんと・・・。
 大体、オレとサスケは付き合ってたんじゃないのかってばよ!
 これはよく言う「浮気」ってやつ!?
 サスケからオレに告白してきたのに、いい度胸だってばよ。
 ・・・けど、やっぱりオレなんか嫌で、ずっと無理して付き合ってたとか・・・?
 
「ナ〜ルト!」
 暗い考えにどっぷりと浸かっていたせいで、全く背後の気配に気を配っていなかったナルトは、急に声をかけられて飛び跳ねる勢いで驚いてしまった。
「カ、カカシせんせー!」
 相変わらず忍らしくないナルトに笑いながらも、カカシはどこか嬉しそうに近づいてきた。
「可愛い花もってどこ行くの?もしかして俺にくれるとか〜?」
 まるでナンパみたいな口ぶりで、カカシはナルトに話しかけた。
 けれど、いつものように元気な返事が返ってこない。
「欲しいんならあげるってばよ」
「そう?でもできれば花より俺はナルトが欲しいな〜。なんて」
「せんせー風邪かなんか?頭おかしいってばよ」
 冷静に言われてしまったカカシだが、そこでめげるはずもなかった。
「うん。恋の病かもしれない。ナルトが治してくれる?」
「オレより綱手のばあちゃんに頼めば一発で治してくれるってばよ」
 恋の病というところはさらりと流されてしまった。
 しかし、綱手に頼んだら根性まで治されかねないと思ったカカシは、一瞬顔が青ざめた。
 けれど、またすぐに立ち直った。
「あの人に頼んだらとんでもないお金請求されそうだからいいよ。っていうわけだから、今日はナルトの家に泊まらせて」
「何で急にそうなるんだってばよ」
 いいかげんカカシがうっとうしくなったナルトは、話は終わったと言わんばかりに歩を早めた。
 けれど、すぐ隣をカカシが嬉しそうに歩く。
「・・・」
 しばらく無視し続けていたけれど、そろそろ自分の家に着いてしまう。
 このままでは、ノリでカカシに家に上がられてしまう恐れがあった。
 ナルトは歩くのをやめて立ち止まると、重くて深いため息を長々と吐いた。
「・・・で?」
「で?って・・・?」
 ナルトが立ち止ったと同時にカカシもぴたっと止まったので、二人はお互い体を真横に向けていた。
 そこでカカシがナルトの顔を見ようと、嬉しそうな顔をして覗き込んできた。
「だからさっきからなんでそんなに幸せそうなの?オレってば今不幸のどん底にいるんだからそっとしておいてほしいってばよ」
 苛々しげにナルトが言っても、カカシはもっと嬉しそうな顔をして答えるだけだった。
「だって、幸せに決まってるよ。ナルトってサスケに振られたんでしょ?これはもうチャンスでしょ」
 そのカカシの台詞に、ナルトは納得した。
 
 それでさっきから嬉しそうだったわけだ。
 けど、みんなサスケサスケって・・・。
 オレもそうだけど、何でそんなにサスケがいいんだってば?
 そりゃあサスケは強いし、カッコいいし、頭いいし、実はやさしいところもあるし・・・。サクラちゃんやカカシせんせーが好きになるのは分かるよ。
 けれど、それじゃあオレは何なんだってばよ?
 サスケに振られたオレのことサクラちゃんは何て思ったんだろう。
 カカシせんせーは明らかに喜んでるからムカツクけどさ。
 これでサクラちゃんもカカシせんせーと同じこと考えてたらオレ、怒るってばよ!
 
「ナルト〜?聞いてる?」
 無反応なナルトが寂しくて、カカシは尋ねてみた。
「聞いてるってばよ。でも、チャンスって言っても、サスケは今度はサクラちゃんと付き合ってるんだから、大して変わらないと思うってばよ」
 むしろオレなんかよりサクラちゃんのほうが断然手ごわそう。と、ナルトはこっそり思った。
「何言ってんの。なんかナルト勘違いしてない?」
「何がだってばよ」
 強気で言い返してきたナルトに、これは気がついていないとカカシは分かった。
 だけれど、きっと言葉で言っても信じてくれなさそうだと思ったので、カカシは態度で示すことにした。
「急に何すんだってば!」
 カカシはいきなりナルトを抱き上げると、何も答えないでナルトの家へと連れて行こうとした。
 
 
 一体オレが何したんだってばよ!
 オレってばサスケに振られて傷ついてるのに、カカシせんせーはさっきからにこにこしてさ。
 サスケにみじめに振られたオレを見て楽しんでるんだったら殴り飛ばしてやりたいってば!
 普通いくらなんでも自分の部下が振られて気を落としてたら、嘘でもいいから励ますくらいしろっての。
 そんなムカツクカカシせんせーなんかに絶対ついてってやんないってばよ。
 
 ナルトはそう思って、意地になって抵抗した。
「暴れないの。これからは先生が一緒にいてあげるんだからさ」
「・・・は?」
 何でそんな話になるんだろう。と、ナルトが思ってるのを分かっていても、カカシは続きを話した。
「サスケみたいなガキのことなんてさっさと忘れちゃったほうがいいよ。これからは俺がナルトを幸せにするからさ」
 まるでプロポーズみたいな言葉に、ナルトは何の反応も返せなかった。
「まだ信じてないの?俺がチャンスだって言ったのは、サスケと別れてナルトがフリーになったからチャンスだって言ったんだよ」
 ナルトはぼうっとしてカカシの言うことを聞いていたけれど、はっとすると、また言い返した。
「嘘だってば!カカシせんせーいつもそんなことオレに言ってくるしさ。そうやってオレに言っておきながら実はサスケのことが好きだっていうのは分かってるんだってばよ」
「いや、だからさ。何でそうなるわけ?俺としてはむしろ何でそうなるのか聞きたいよ」
 ナルトはそこで急に勢いをなくした。
「だって・・・。みんなサスケサスケって言うしさ。結局オレもサスケのこと好きだったし」
「だった?」
 カカシは少しの言葉の違いも見逃さなかった。
「別にたいした意味はないってばよ。オレはもうサスケに振られたからそうやって言ってるだけだし」
「なーんだ。ちょっと期待しちゃったよ」
 
 
 カカシせんせーは何でオレのこと好きみたいに言うんだろう。
 いつもいつも選ばれるのはサスケなのに。
 カカシせんせーは何でオレに構うんだろう。
 オレってば単純だからそんなこと言われると、舞い上がっちゃうのに。
 
 
「まだサスケのことが好きだって言ったらせんせーどうするの?」
 ナルトはカカシを試すように言った。
 もちろんその言葉どおりまだサスケのことが好きだったけれど、カカシの真意をナルトは知りたかった。
「そりゃあもちろんサスケのことなんか忘れさせるよ」
 当然といった口ぶりに、ナルトは何だか心が満たされていくような感じがした。
 自分が欲しかったものを簡単にくれる人がこんなに近くにいたなんて。
 ナルトはやっとカカシの言った言葉を信じられるような気がした。
「ナルトが俺のことなんとも思ってなくても俺はナルトのことが好きだよ」
「・・・ありがと」
 かなり照れくさくって、ナルトは何とかそれだけ言えた。
「返事はいつでもいいよ、ずっと待ってるからね」
「・・・・・・」
 ナルトはカカシの笑顔に真っ赤になって、うつむいてしまった。
 
 ・・・ま、確信は持てないけど、いい返事がくるのを期待してるからね?
 
 カカシがそう思ってるなんて知らないナルトは、自分が何でこんなに顔が赤いのかよく分からなかった。
 
 何でオレってばこんなに照れくさいんだろ?
 サスケに告白されたときだって、こんなに顔が真っ赤にならなかったのに・・・。
 何で?
 
「好きだよ、ナルト」
 またその言葉にナルトは真っ赤になってしまう。
「も、もう分かったってば・・・!さっき返事待ってるって言ったばっかりじゃんかよ」
「待つには待つけど、別に何回言ったっていいじゃない。何か問題でもあるの?」
「ないけど・・・」
「じゃ、良かった。好きだよナルト」
「〜〜〜!!」
 ナルトはそれからしばらくカカシにそうやって苛められるのだった。
 もちろん苛められなくなるのは、そう遠くない話だったけれど。
 
 
 
 
 
終わり
 
 

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