暖かい腕
 
 
 木の葉の里も、本格的な冬を迎えた。
 連日天気が悪くて、今日も寒い風が吹いていた。
 今もまだ日は高いところにある時間だというのに、太陽は雲に隠れてあたりはすでに薄暗い。
 風も段々と強くなってきて、より寒さが増してくる。
「へっくし!」
 こんな寒い日に、空のタンクを持って歩く子供が一人。
「やっぱ寒いってばよ・・・。今日灯油買おうとして正解だってば」
 この独特のしゃべり方はもちろんナルトで。
 ナルトは春夏秋冬いつも変わらない格好をしているが、今日ばかりは手足の裾や袖の折っている部分を伸ばして、襟も立てていた。
 だがそれだけで、コートやマフラーなんてものは一切身に着けていなかった。
 吹きすさぶ風は容赦なくナルトの服の隙間に入り込んでくる。
 あまりに寒くてナルトは小走りで店まで急ぎ、灯油を無事に買うと、また急いで家へと帰る。
 が、その途中で洋服屋が目に入った。
 マフラー、手袋、セーター、コート・・・。
 そういえば、ここ数年服を買っていなかったような気がする。
 手袋くらいだったら余ったお釣りで買える。
 ナルトの手は寒さのせいでかじかんでしまい、今にもしもやけになりそうだった。
 手袋一つあるだけでもかなり違うはずだ。
 そう思って、ナルトは服屋に入った。
「・・・」
 普通ならここで店員が愛想良く「いらっしゃいませ」と言うのだが、嫌な顔をしてナルトを見ているだけだ。
 ナルトはそれを敢えて見ないようにして、適当な手袋を選ぶと、すぐにレジへ向かう。
 店員は一応それを受け取り、ぼそぼそと値段だけを口にした。
 ナルトもまた無言でお金を払うと、お釣りを渡されるときに少しだけ店員の顔をうかがった。
「・・・」
 店の外に出ると、買ったばかりの手袋の包装をあけて、さっそくつける。
 そうして灯油の入ったタンクを持って、また歩きはじめる。
 
 ・・・なぜだか灯油を入れて店に向かったときよりも、タンクが重くなったような気がする。
 手袋をして、少しは寒さを凌げたはずなのに。
 さっきよりも寒い気がするのはなぜだろう?
 
 あの店員の顔を見なければ良かったと思う。
 モノでも見るような目で自分は見られていた。
 
 少し歩くと、今度はおいしそうなにおいがしてきた。
 何かな?と思う間にも、すぐに中華まんだということが分かる。
 店頭に出して売っているので、すぐに目に入ったのだ。
 ナルトはそこで、寒いときに食べた一楽のラーメンを思い出して、急に肉まんが食べたくなってきた。
 
 寒いときに温かいものを食べると、すっごくほっとするんだってば。
 体の真から温まる感じがするから、今度こそ温まることができるかもしれないってばよ。
 
 ナルトはそう思うと、肉まんを売っているところに向かった。
 客は一人だけで店員と仲良く話していたが、ナルトがこちらに向かっていることに気がつくと、そそくさとその場を離れてしまう。
「・・・」
 目的地にたどり着けば、服屋と一緒で店員は嫌な顔をしてナルトを見ていた。
 今度は無言で値段を指差して、肉まんをさっさと袋に入れると、捨てるみたいに乱暴に台に置いた。
 ナルトはまた何も言わず、何も見ないようにしてお金を払うと、肉まんを取ってすぐに歩きはじめた。
 今度は店員の顔は一切見なかった。
「・・・」
 さっそく肉まんを口にして飲み込むように食べてみる。
 肉まんはとても熱くてほかほかしていたが、ナルトの体はずっと震えていた。
 何でだろう?体の中は確かに暖まったはずなのに・・・。
 悪寒が治まらないってばよ?
 
 ナルトは今度はどの店も見ないようにして、とぼとぼと家に帰った。
 家に帰って、さっそく灯油を足してストーブをつけてみる。
 とても近い距離で手をかざしてみても、なかなか震えは止まらない。
 手袋を買って。温かい肉まんを食べて。ストーブをつけて。
 これだけしたのに、ナルトは寒いままだった。
 
 しばらくストーブの前で座っていたけれど、ふいにナルトはスイッチを切った。
「どうせ何やっても寒いんじゃ、灯油代も電気代ももったいないってば」
 誰に聞かせるわけもなくそう言うと、少し大きめの窓を開けてみた。
 ガラ!といい音がすると同時に、冬独特の香りが部屋に入り込んでくる。
 
 ああ、そうだ。
 これが冬のにおいだったってば・・・。
 冷たくて寒いけれど、このにおいはどこか懐かしい気がして好きだ。
 冷たくて、寒いけれど。
 
「あ」
 ふと気がつけば、雪が降りはじめていた。
 チラチラと降る様を見て、ナルトは見とれる。
 
 雪は綺麗だってば・・・。真っ白で。
 明日積もらないかな。
 ・・・でもそうしたら任務が困っちゃうかぁ。
 きっとサスケは仏頂面しながらも、それでも頑張って任務するんだろーな。
 サクラちゃんは文句を言いながらも、しっかり任務をこなすだろうし。
 ・・・カカシせんせーは相変わらず雪が積もろうと、イチャパラ読んでそうだな。
 
 そこで、情けない顔をしながらエロ本を読む担当上忍の顔を思い出して、ナルトは何だか切なくなる。
 優しく微笑みかけながら、自分の頭に彼の手が乗る感触を思い出す。
 じわ。と少しだけ体の奥が温かくなる。
 それと同時に、なぜだか目の奥も熱くなってくる。
 段々と視界がブレてきて、あと少しで目から雫が落ちそうになったとき。
「ただいまー」
 のんびりした声が聞こえた。
「!」
「いや〜。やっと任務が終わったよ」
 視界がブレた時には姿を現していたんだろう。
 まだ視界はブレたままだったけれど、その姿を見てナルトは嬉しくなる。
「おかえりカカシせんせー」
 窓から勝手にナルトの家に入ろうとしたカカシに、ナルトはぎゅっと抱きついた。
「ナ、ナルト?」
 いつもなら窓から入ってくるなって怒るのに。
 い、いやとっても嬉しいんだけど、どうしちゃったんだろう?
 まあ戸惑いつつももちろんしっかり抱き返すけれども。
 ・・・窓を開けたナルトが見えたとき、胸が痛んだ。
 今にも泣きそうな顔をしていたから。
 
 そんなナルトが自分を見て微笑んで抱きついてきたから、カカシは内心かなり浮かれていた。
「ナ、ナルト・・・」
 はやる気持ちを抑えることも出来ないまま、カカシはナルトの頬に手を当てて顔を近づけようとした。
「!って、冷た!」
 いつもなら、温かくてぷくぷくしたナルトの頬が、今日はひんやりとして冷たかった。
「どうしたの、こんなんなって・・・。って、ストーブも何もつけてないじゃない!」
 それは冷えるわけだ。と、思いながらカカシは窓を閉めてストーブをつける。
「ほら、ちゃんとストーブの前にいなよ?」
 そう言って、温かい飲み物をいれようと、カカシは台所へ向かおうとする。
 しかし、冷たくなったナルトの手がカカシの腕をそっと掴んだ。
「でも温まらなかったんだってば。手袋買ってつけても、肉まん食べてもストーブつけても」
 その時々の嫌な気持ちを思い出して、ナルトの表情は暗くなる。
 カカシはナルトのそんな表情を見て、大体何があったのか想像がついた。
 一つ息を吐くと、カカシはいきなりナルトを後ろから抱きしめた。
 そして、その格好のままストーブの前に移動する。
「・・・まだ寒い?」
 耳の近くで優しく聞かれて、ナルトは自分の顔が熱くなるのを感じた。
 心臓もどきどきしていて、ナルトはどもりながらこう答えた。
「う、うん寒くはないけど・・・。よく分からないってば」
「よかった」
 そう言って、もう少しだけ強く抱き締められる。
「・・・本当は俺だけに対して温かくなればいいとは思うけど。でも、ナルトの周りには他にも温かくなれる人がまだまだいるハズだよ」
 イルカ、サスケ、サクラ、シカマル、自来也・・・。
 ナルトの頭の中に他にも色んな人たちの顔が浮かんできた。
 みんなそれぞれナルトに優しく笑いかけてくれた人たちだったり、信頼している人たちだった。
「うん。そうだってば・・・」
 みんなの顔を思い浮かべると、自然と顔も心もほころんでくる。
 ナルトの嬉しそうな顔を見て、カカシはほっとした反面、少し悔しくもある。
 前を向いているナルトが気づかないうちに、カカシはすっと口布を下ろすと、ナルトに声をかける。
「ナルト」
「ん?ん、」
 笑顔で振り向いたナルトに、カカシはとても自然な動作でキスをした。
 あまりの早業に、ナルトは一瞬何が起こったのか分からなかった。
 カカシの舌がナルトの中に入ってくる頃になって、やっとナルトはバタバタしだした。
 キスをしたときにナルトの頬に触れたカカシは、ナルトの頬が急に温かくなっていたので嬉しくなる。
 むしろ、温かいのを通り越して熱いくらいだ。
「ぷはっ」
 ジタバタするナルトを放してやると、慌てて息継ぎをしてゼーハーゼーハーいっていた。
「・・・何笑ってるんだってばよ・・・」
 呼吸がやっと整って気がつけば、カカシは体を震わせて笑っていた。
「だ、だってナルトのほっぺ真っ赤で熱くなってるんだもん」
 クスクス笑いながら、愛しそうにナルトの頬をつついてみせる。
「〜〜〜!」
 そして、今度はナルトの正面に移動して、そのナルトの頬を両手で包み込んで言った。
「俺もナルトを温かくさせる人間の一人だよね?」
 何とかして、カカシせんせーをぎゃふんと言わせたいってばよ!
 ナルトはそう思って、ずばっと言った。
「違うってばよ!」
「え」
 けれど、カカシが心底傷ついた顔をするので、やっぱりナルトはひどいことは言えないと思った。
 あーあ。何だかんだ言って、結局いつもオレが折れるんだってばよ・・・。
「カ、カカシせんせーはあったかいってより、熱いんだってばよ・・・」
 何となく恥ずかしくなってしまい、ナルトはまたカーッと顔が熱くなる。
 あ〜あ。やっぱり正直に言っちゃうってばよ。
 また負けた気分だってば。
 なんて残念がりながら、カカシの顔を見たナルトは、驚いてしまう。
「あ、そうか。あ、ありがと・・・」
 カカシが珍しく慌てているようで、ナルトと同じように顔を真っ赤にさせていた。
「・・・どういたしまして」
 悪知恵が働いて、チュッとナルトからキスしてみれば、カカシは顔から湯気を出していた。
 
 少しはオレもカカシせんせーに報いることができたかな?
 ・・・もしカカシせんせーがオレのように寒い思いをしていたら、オレもカカシせんせーを暖めてあげたいってば。
 今はカカシせんせーの温かい腕に頼ってるけど。
 いつかは頼られてよね?カカシせんせー。
 
 
 カカシと二人、並んで見つめる雪は、ふわりと羽根のように柔らかく、温かく見えた。
 
 
 
 
 
終わり
 
 
書いておきながら更新しわすれていました;
当時は真冬だったんですね・・・。
 
 
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