ありがとう
 
 
 本日10月9日。
 カカシ宅では、この家の住人がさきほどからもそもそ落ち着きがなく部屋を行ったりきたりしていた。
「ああ〜、どうしようかな」
 あんまりうろうろしているものだから、普段から掃除をしていないカカシの部屋は埃が舞っていた。
「すっごい喜ぶものをプレゼントして、その夜はやっぱりナルトから俺にもプレゼントを頂いちゃうってのが理想なんだけど・・・」
 ぐふふ。と、気味悪い一人笑いを気がすむまですると、カカシはまた落ち着きなくうろつきはじめる。
「ナルトは何が一番欲しいんだろ」
 さっきからそれが分からない。
 それさえ分かれば、ナルトとあっまあまな一夜をたっぷり過ごせるというのに・・・。
 と、カカシは思うと、歯軋りしたい気持ちだった。
「待てよ・・・。サクラやイルカ先生あたりをうまく利用して、ナルトの欲しいものを聞き出せばうまくいくんじゃないか?」
 カカシは誰に聞かせるでもなくそう呟くと、善は急げとでもいうのかさっそく家から出た。
 
 
「あれぇ、カカシ先生。どうしたのよ」
「サ、サクラこそ・・・っていうか、みんなしてこんなところで集まってどうしたの?」
 少したったころ、大きな広場のあるところへ通りかかったカカシがサクラを発見したのだが、そこにいたのはサクラだけじゃなかった。
 もう一人カカシがカモにするはずだったイルカや、サスケ、シカマル、ヒナタ、いの、キバ、シノ、アスマやガイまでもがいた。
「何だってこんなに(うっとうしいやつらが)集まってんの」
 みんなカカシの心の声がしっかり聞こえていたようで、じっとカカシを睨んでいた。
 ナルトを普段から独り占めしているカカシは、ナルトのおっかけ集団にとっては邪魔な存在でしかなかった。
 けれど、サクラはナルトおっかけ集団というより母な存在だったので、すぐに答えてしまった。
「今みんなで集まってナルトの誕生日プレゼントを考えてるのよ」
「!」
 
 俺一人に対抗するにはこんなに大人数でしかかかれないなんてね。
 ・・・でも、こいつらの意見を聞いておくのもためになるよな。
 
「で?何にするか大体決まったの?」
「それが全然決まってなくて困ってるのよ」
 そんなサクラの言葉に、カカシはなんだと思ってしまう。
「あ、そう。じゃ、がんばって」
 結局聞いて損をした気分になったカカシは、すぐに話を切り上げるとその場を去ろうとした。
「おい待てよカカシ。お前は俺達の意見を聞いといて、自分の考えは話さないつもりか?」
 ところが、案の定というのか、ガイに止められてしまう。
「別に代わりに教えるだなんて約束してないだろ」
「アホめ!それが礼儀というものだ」
 カカシはガイが説教にかかったところで、今度こそこっそりその場を去ろうとした。
 けれど、今度は下忍たちに止められてしまう。
「礼儀よりまず不公平だろ。てめーも教えろ」
 サスケがまず偉そうに言うと、他の下忍たちも同じようなことをカカシに言ってくる。
 あまりの五月蝿さにカカシはついに観念した。
「俺もまだ何も決まってないよ」
 そのカカシの言葉があまりに意外だったのか、そこにいたみんなは驚いてしまう。
「やっぱりな。お前が俺たちに聞いてくるなんておかしいと思ったんだ」
 ただ、アスマだけが予想できていたらしく、嫌な笑みでカカシをおちょくってやろうとしていた。
「うるさいね。そういうわけだから俺は行くよ」
 カカシはそれだけ言って、今度こそはとその場を去ろうとするけれど、またも止められてしまう。
「それじゃあカカシ先生も私達と一緒にナルトの誕生日プレゼント考えない?みんなでナルトにプレゼントしましょうよ」
 サクラがとても張り切った様子でそう言ってきたのだった。
「嫌だよ。俺は俺でナルトがとっても喜ぶもの買って、ナルトと二人きりを楽しむんだから」
 こんな大勢でナルトにプレゼントだなんて、絶対に二人きりになる暇がない。
 それに、自分だけは特別だとカカシは表明したかった。
 自信満々なカカシの言葉に、その場にいた全員は嫌な顔をした。
「・・・そんなに自信満々に言ってるところ悪いんだけれど、カカシ先生がナルトと二人っきりで誕生日を祝っていても、私達押しかけるわよ」
「だからどうしたっていうの?別に押しかけてきても追い出すだけだよ」
 冷静に言うカカシだったけれど、内容はとても子供っぽかった。
「そりゃ、カカシ先生はそうしたいだろうけど、私達が来たことを知ったナルトは絶対私達も迎えてくれるわよ。そうしたらどっちみち同じことよ」
 サクラの言うことはもっともだった。
 それでもカカシは言うことを聞く気になれない。
「それならナルトがお前らが来たのに気がつく前に何とかするだけだよ」
 カカシはそれだけ言うと、その場を去っていってしまった。
「ったく青春してるな〜」
 ガイがわけの分からないことを言っているが、他のみんなは黙ってカカシの去っていったほうを見ていた。
 絶対にカカシが言ったようなことにはさせないと、決意するかのような眼差しだった。
 
 
 
「くそっ!どいつもこいつも俺のナルトを狙って・・・!」
 カカシは一人毒つくと、そのまま何も考えずに家に帰って行った。
 そうして、ずっとガイやアスマに気がつかれないようにナルトをうまく連れ出す方法を考えていたのだった。
 もちろんサクラたちも、どうやってカカシを出し抜くかに必死になって、夜遅くまでみんなで作戦をたてていたのだった。
 
 
 
 そうしてみんなに朝がやってきた・・・。
 カカシはベッドでぬくぬくと眠っていたが、目覚ましがけたたましく鳴ると、しょうがなくもそもそと起きはじめる。
「今日はナルトの誕生日・・・。さて、作戦は中々いいのが思いついたし・・・」
 もうあとはナルトの家に行くだけだ。
 そうカカシは思ったのだけれど、何か昨日から足りない気がしていたのだった。
「ん〜。何だろ?何か昨日からずっと引っかかってるんだよね」
 あごに手を添えて考えていると、カカシの顔は段々青ざめていった。
「・・・・・・しまった・・・・・・」
 がばっと起きて出かけようとしたカカシだったけれど、肝心なところで邪魔が入った。
 カカシの家のドアホンが鳴ってしまったので、しょうがなくドアを開ける。
「はいはいはい!」
 早く用事を済ませてすぐにでも家を出たかったので、カカシは荒っぽく応対しようとした。
 だけど・・・。
「カカシせんせー!」
「ナ、ナルトっ!!」
 ドアを開ければ、そこには笑顔いっぱいのナルトがいた。
 ここでいつものカカシだったら、迷わずナルトに抱きついているのだけれど、今日は違った。
 
 ど、どうしよう・・・。
 ナルトがうちに来たってことは、誕生日プレゼントもらうためだよね?
 
 嫌な汗をかいているカカシをナルトは無視して家の中に入っていく。
「オレのテレビ壊れちゃってさ。せんせーのとこのテレビ見せてよ」
「・・・えっ?」
 誕生日は・・・?
 カカシはそう思ったけれど、かろうじて口には出さなかった。
 ナルトはカカシがほうけているのにも気がつかないで、呑気にテレビをつけて見はじめた。
「・・・」
 テレビでは毎朝おなじみの番組で、「誕生日おめでとう」みたいな曲が楽しげに流れている。
 けれど、ナルトは別段何も変わらずに、いつもどおり番組を楽しんでいるだけだった。
 
 ま、まさかナルトのやつ、自分の誕生日を忘れてるんじゃ・・・?
 というか、まさにそうだよな。
 これはもしかしたら、まだナルトの誕生日プレゼントを買う時間があるってこと・・・!?
 
 そう。
 カカシはナルトをどうやってサスケたちから守ろうか考えてばかりいたせいで、肝心の誕生日プレゼントを買うのを思いっきり忘れていたのだった。
 これはチャンスかもしれないと思い、カカシは慌てて出かける用意をした。
「ナルト。ちょっと俺用事があってでかけるから、ここで待っててくれる?」
「ええ〜?なんだってば、急に」
 カカシがいなくなると知って、ナルトは明らかにつまらなさそうだった。
 そんなナルトが可愛くて、抱きしめたい衝動に駆られるカカシだったけれど、そこを何とか我慢して家を出ることにした。
「ごめんね!ほんの一瞬だからさ・・・!」
 そう言ってドアを開けて家をでたカカシだったが、ドアを閉めた途端、足が止まってしまった。
「何で、お前らここに・・・」
 カカシの前に立ちはだかっているのは、昨日会ったナルトおっかけ集団だった。
「責任とってもらおうか」
 アスマがわけの分からないことを言って、カカシを家へと押し戻そうとする。
「ちょ、俺はこれから急いでナルトの誕生日プレゼント買いに行かなきゃいけないんだから、邪魔するなよ!」
 そんなカカシの言葉に、一同固まった。
「うそ・・・。カカシ先生も肝心のプレゼント買い忘れたの?」
「も?もってまさかお前らも・・・?」
 そこでみんないっせいに静まり返ってしまう。
「何よ〜!せっかくカカシ先生のプレゼントを私達の分としてナルトにあげようと思ったのに」
 いのがいけしゃあしゃあと言ってのけて、カカシはブチギレそうになる。
 そこで絶妙なタイミングでドアが開いた。
「あっれー!やっぱり声が聞こえると思ったら、みんないるし」
 ナルトが元気よくドアから顔を覗かせた。
「あれ!ナルトもうカカシ先生の家にいたの?」
 サクラが驚いてナルトに話しかける。
「え?もうって?ただオレの家のテレビが壊れたからせんせーの家のを見に来ただけだけど」
「なーんだ、そうだったの!じゃ・・・」
 そこでサクラがみんなに振り向いて、一呼吸置いた。
 
「誕生日おめでとう!」
 
「え?」
「なっ・・・!!」
 とても意外というようなナルトの一言のあとに、とても悔しそうなカカシの一言。
 みんなはカカシのことなど置いてまたしゃべりだす。
「えって今日はナルトの誕生日じゃない!」
「ウスラトンカチが・・・。どうせまた自分の誕生日を忘れていたんだろ」
「あり得るな」
「ナルトくん・・・」
 サクラ・サスケ・シカマル・ヒナタの順でしゃべっていき、最後にはシノが黙って頷いていた。
「うずまき。誕生日をこうして祝いに来たんだがな。あいにくみんなお前への誕生日プレゼントを買い忘れてしまったんだ」
 アスマが少し残念そうに言うが、ナルトはまだ混乱しているのか何も言えず終いだった。
「そうだわ!せっかくだから、カカシ先生の台所借りてみんなでケーキでも作りましょうよ」
「そうだな、ナイスアイディアだ!」
「やったぜ!」
「わん!!」
「と、言うことでさっそく台所をお借りしますね」
 いの、ガイ、キバ、赤丸、イルカという順番に言うと、みんなは勝手にカカシの家に入っていってしまう。
 がやがやとみんながカカシの家に入りきったころ、まだ玄関でぼーっとしていたナルトとカカシは、やっとはっとしだした。
「ねえ、なんなのカカシせんせー」
「いや、だからナルトの誕生日プレゼントをね・・・」
 どう言ったものかと考えながら話そうとしたカカシだったけれど、ナルトに止められた。
「え!?じゃあカカシせんせーのプレゼントってみんななの!?」
「へっ!?」
 いきなりのナルトの言葉に、カカシはそれだけしか言えなかった。
 
 「みんな」って、あんなやつらをナルトにあげるだなんてそんなバカバカしいこと俺がするわけないでしょ!?
 っていうか、何言ってるのか分からないよ、ナルトォ〜!!
 
 カカシの混乱の理由が分かったのか、ナルトがまた丁寧に言い直した。
「いや、今日ってオレの誕生日なんでしょ?」
 自分の誕生日を俺に聞くな!と言ってやりたかったけれど、カカシは黙って頷いた。
「それでカカシせんせーはみんなと誕生日を楽しく過ごせるように、ああしてみんなをわざわざ呼んできてくれたんでしょ?」
 それが、カカシにとっての誕生日プレゼントだとナルトは思ったらしい。
 とても嬉しそうに言うから、カカシは素直に言った。
「・・・違うよ。俺も申し訳ないんだけど、ナルトの誕生日プレゼントをうっかり忘れていたんだ。大体あいつらは俺が呼ばなくても勝手に押しかけてるよ」
 そこでナルトが何か言う前に、部屋の奥からキバがナルトを呼んだ。
「おいナルトー!せっかくの主役が何してんだ、早く来い!」
「分かったってば」
 もうこれで愛想つかれたと思い、カカシはうなだれた。
「どうしたんだってば、カカシせんせー!いこってば」
「でも、ナルトの恋人の俺が誕生日プレゼントを忘れるなんて、本当に情けないから、今から買ってくるよ」
 しょぼんとしながらカカシはでかけようとするが、ナルトに腕を引っ張られて止められる。
「そんなの誰にだってある間違いだってば!それに結果オーライだしさ」
「結果オーライ・・・?」
 ぼんやり言うカカシに、ナルトは微笑みかけた。
「そ!オレみんなで楽しく誕生日なんて送ったことないから、最高に嬉しいってばよ!だから、結果オーライだけど、ありがとね。カカシせんせー」
「・・・」
 それはみんなに言うべきであって、やっぱりカカシはナルトに何もしてやれていないと思った。
 まず何より誕生日はナルトと二人っきりでいたかった。
「でも俺は不満だよ」
 大人気ないなと思いながらも、勝手にそう口走ってしまった。
 カカシはそんな自分に後悔しながら、ナルトから視線を逸らした。
 きっとナルトは怒るか呆れるかするだろう。
 カカシはそう思って、次に何を言われてもいいように構えていた。
 だけど、帰ってきたナルトの返事は言葉じゃなく、盛大な笑い声だった。
「な、カ、カカシせんせーってば・・・。それって、思いっきり子供みたいだってばっ・・・!」
 笑いながらしゃべっているせいか、苦しそうにどもりながらもナルトはそう言った。
「悪い?どうせナルトのことになれば俺なんか子供だよ」
 いじけたようなカカシの言葉に、ナルトはさらに面白くて、いよいよ体を折るほど笑い転げそうになった。
「ナルトは俺と二人っきりの誕生日とか嫌なの?」
 もっとふてくされたカカシは、真剣になってナルトに聞いた。
 そんなカカシがよけい面白かったナルトだったけど、さすがに笑いを引っ込めた。
「全然嫌じゃないってばよ?ただ、オレが今言いたいのはみんなと誕生日ができて嬉しいってことだってば」
「・・・」
 カカシが仏頂面で黙っているのを見て、ナルトはもう一言言った。
「だから、昼はみんなでパーっと盛り上がって、夜はせんせーと一緒にいるんだってば。・・・それじゃ、駄目?」
 上目遣いに見上げられて、カカシの理性は吹き飛びそうになる。
 いや、もう吹き飛んでしまったのかもしれない。
 いきなりナルトにがばっと抱きついてきた。
 けれど、ナルトは別段何も警戒しないで、カカシを抱き返した。
「あと、あいつらに先を越されてまた悔しいんだけど、言わせてくれる?」
「うん?」
 ナルトが首をかしげながらも先を促した。
「・・・誕生日おめでとう」
 カカシがそう言った途端、照れくさかったのか急にきつく抱きしめられて、ナルトもカカシもお互いの顔を見れなかったけれど、ナルトはとても眩しい笑顔で言った。
「ありがと!カカシせんせー」
 
「ナルトのやつ、まだ来てねえ」
 部屋の奥でキバたちがぶつぶつ言っていたのを聞いて、サクラがなだめる。
「ま、たまにはいいんじゃない?私達もちょっとあの二人にですぎたことしたし。ちょっとの間二人っきりにしておいてあげましょうよ」
「ちっ・・・」
 
 カカシ宅の中ではそういうことで一時落ち着いていたようだった。
 だけれど、それが今のナルトにとってはとてもありがた迷惑だった。
「ちょ、カカシせんせー!どこ触ってんだってば!!」
「もう我慢できない!ナルト〜!!」
「やめれー!!」
 本当に興奮してしまったカカシに押し倒されていたのだった。
 当然アスマもガイもイルカも気がついたけれど、みんなあえてほうっておいた。
 アスマやガイはふざけてだったけれど、イルカはあとからのカカシが怖くて何もできずにいた。
 そうして、10月10日はナルトの断末魔が長く大きく響いていたという。
 
 
 
 
 
終わり
 
 
戻る