父の日
 
 
 まだ日も昇っていない早朝。
 カカシは予想もしていなかった人物に起こされることになった。
「カカシく〜ん!!」
 直接カカシの脳に、情けない声が響いた。
「うっ・・・ん〜」
 一度目が覚めたけれど、カカシはもう一度寝ようとしてしまう。
「寝るな〜!大事な大事な恩師の頼みごとが聞けないって言うの!?」
「うっさいなぁ・・・。誰だよもう・・・」
 カカシは無視してまたも寝ようとするけれど、頭に響く声はもっとうるさくなって、ついにカカシははっきりと目が覚めた。
「やっと起きた」
「・・・何なんですか、こんな朝っぱらから」
 目を開ければ、少しだけ透き通った注連縄が、ふんぞり返ってカカシを見下ろしていた。
 注連縄の足元は陽炎で揺れたみたいにはっきりしていなくて、幽霊だということはカカシも理解できた。
「しかも、先生移動できたっけ?」
 けれど、こんなに「らしい幽霊」に注連縄がなれるとはカカシは思わなかった。
「今日は特別な日だからオッケーなんだよ」
 カカシはいきなり起こされて、オッケーとかわけの分からないことを言われてかなり不機嫌になった。
「あっそうですか。それじゃ・・・」
 カカシはそれだけ言うと、わざとらしく隣に寝ているナルトに抱きついてまた寝ようとした。
「駄目ー!!」
 注連縄は二重の意味でそう叫んだ。
 ナルトに抱きつくのも駄目だし、寝てしまうのも駄目だと言いたかった。
 カカシが寝てしまわないように力の限り声を張り上げると、カカシは直接脳に響くのか、しばらく頭を抑えて痛みに耐えているようだった。
「寝る前に俺の願いかなえてよ!」
 その注連縄の言葉に、カカシは思わずバカにしたような呟きが出てしまった。
「はあ?」
 俺はあんたの神様かよ。
 カカシはそうだったら、早くこの変態親父を地獄に突き落としてしまいたかったが、あいにく神様なんてやっていない。
「何を朝からぶっ飛んだことを言ってるんですか。俺は忙しいんだから、あなたなんかの相手はいちいちしてやれないんですよね」
 そう言って、しっしっと注連縄を追い出そうとすると、また大声攻撃されてしまう。
「だから俺のナルトに抱きつくなー!!」
 注連縄を無視して、またナルトを抱き枕にして寝ようとしたカカシに、注連縄は容赦なく声を張り上げた。
「もう、いい加減にしてくださいよ・・・」
 しょうがなくナルトから離れれば、やっと安心したのか、注連縄は落ち着いた。
「だから俺の言うことを素直に聞いていればいいんだよ」
 頼む身分で偉そうだな・・・。と、カカシは思いながらも、しょうがないので話だけは聞いてやることにした。
「で!何ですか、頼みって」
 投げやりに聞いてみると、注連縄は気にしないでとても嬉しそうに話し出した。
「今日って何の日だか知ってる?」
「さあ・・・」
 別に注連縄の命日でもないし、ナルトの誕生日でもない。確か、注連縄の誕生日も違ったはずだ。
 そうなると、カカシは見当もつかなかった。
「やっぱり世の父親って可哀相だよねぇ・・・。いっつも母の日は覚えてもらえるのに、父の日だけ忘れられちゃったりするんだ・・・」
 急に悲しそうに言う注連縄は、およおよと泣きながらさり気なくナルトのそばへ寄っていたが、自分が透ける幽霊だと思い出すと、また勝手に一人でショックを受けていた。
「ああ、そういえば今日は父の日でしたっけ。それで?」
 注連縄の悲しみなど完全に無視してカカシは先を促した。
「そう。それで今日ぐらい親子水入らずでナルトと一日中一緒に居たい!」
 むしろ願いじゃなく、強制的なものを感じさせる言い方だった。
「だから?」
 嫌な予感をひしひしと感じながら、それでもカカシは敢えて聞いた。
「だからとり憑かさせて」
 とっても素敵な笑顔で言われてしまったが、カカシはしっかりはっきり言った。
「嫌に決まってるでしょ」
 それでも注連縄は笑顔で諦めなかった。
「そこを何とか」
「嫌ですー」
 尻をかきながらのカカシの対応に、やっぱり注連縄はブチ切れた。
「こんなに人が微笑みかけたくもないやつに無理やり笑顔作って言ってやってんだから、きいてくれてもいいだろー!?」
「そういうこと平気で言うようなやつの願い事なんて誰が適えたいと思いますか」
 この言い合いはずっと続くかに思えたが、注連縄が急に切ない顔をして俯くと、流れは変わった。
「だって、俺はナルトの唯一の父親だよ?普通自分の子供に会いたいと思うのが親だよ」
「先生・・・」
 ああ、やっぱり先生も人間だったんだな。と、カカシはかなり失礼なことを思いながらも、そういうことならまあいいかな?と思った。
 しかし、どうやらそれがいけなかったらしい。
 一瞬のカカシの隙をついて、注連縄はカカシに飛び込んだ。
「!!」
 激しい悪寒がしたかと思うと、例によってそこでカカシの意識は途切れてしまった。
「フフフ・・・。まだまだ青いね、カカシくん」
 ついでに「ざまあみろ」なんて言って、注連縄はさっそくナルトのほうを向いた。
 ナルトは無防備な寝顔をしていて、くーくーと寝息が聞こえてきた。
「か、可愛い・・・!!」
 鼻血でも噴出しそうな勢いで注連縄は興奮すると、いきなり何か思いついたようで、いそいそとベッドから降りて部屋を出て行った。
 
 
 
「ん〜?」
 ナルトはしばらく経って、目が覚めた。
「何だかいいにおいがする・・・」
 見れば、いつも隣でだらしなく寝ているはずのカカシがいなくて、ナルトは「まさか」と思った。
 あまり期待しないでリビングのドアを開けると、フル笑顔のカカシが出迎えてきた。
「おはようナルト!ささ、朝ごはんできてるよ〜」
 ナルトは思わず自分のほっぺたをつねって、これが夢か現実かを確かめたけれど、予想に反して現実で、また驚いた。
「・・・どうしたの、カカシせんせー。急に朝ごはん作るなんて」
「何が?別に普通だよ」
 
 いや、全くもって普通のことじゃない。
 むしろ異常だ。
 
 ナルトは心の中でそう叫んだけれど、まあカカシが異常だとしても今に始まったことじゃないし、これはこれで都合が良かったので、素直に席に座って朝食が運ばれるのを待つことにした。
「はい、召し上がれ〜」
 とっても気合の入った朝食で、ナルトは朝からこんなに食べきれるか不安だった。
「いただきます」
 そう言ってナルトは朝食を食べはじめるが、カカシはとても嬉しそうにナルトをじっと見ていて、ご飯に手をつけていなかった。
「カカシせんせーも早くご飯食べちゃいなよ」
「うん。ナルトがご飯食べ終わるの見届けてからね」
 とっても幸せそうに言うカカシに、ナルトは何だか照れるより怖くなってしまった。
「・・・今日のカカシせんせー、何だか変だってばよ」
「うん?俺はいつも変じゃないか」
 注連縄は何を当然のことを言ってるんだか。と、思って余裕の構えでいたけれど、次のナルトの言葉にかなりへこんでしまった。
「いや。いつも以上に変だってばよ」
「そ、そう・・・」
 しかし、ナルトの言うことには逆らえないのか、注連縄はうな垂れるだけでナルトには何も言ってこなかった。
「ふ〜。もう食べられないってばよ」
 見れば、ナルトは都合よくサラダだけ残していて、注連縄はすかさず目を光らせた。
「駄目!残すなとは言わないから、ちゃんと全種類食べなさい」
「!」
 今日はやたらやさしいカカシだから、ナルトは全て許してくれるだろうと思っていたのに予想がはずれて、また驚いてしまう。
「でももうお腹いっぱいだってばよ」
「あれぐらいでお腹いっぱいなんて、もっと沢山食べなきゃ駄目だよ。それじゃあいつまでたってもおっきくなれないよ」
 やっぱり普段のカカシとはナルトは違うと思う。
 何だか今日のカカシは一筋縄ではいかない気がした。
「でも、食べれないんだってばよ〜」
 少しなみだ目で、上目遣いでカカシを見つめてやれば、中身は注連縄でもカカシと全く同じ反応をした。
「ナ、ナルトぉ〜!」
 反射的にナルトに抱きつこうとするところは全くカカシと同じで、それをあっさりよけられてしまうまでも見事に同じだった。
「パパは寂しいよ、ナルト・・・」
 ぼそぼそと寂しそうに言ったおかげで、その言葉はナルトに聞かれなくて済んだ。
 しかし、注連縄は考えを膨らませていった。
 
 そうだよ!
 今日は父の日なんだから、もっとナルトと触れ合わないと駄目だ!
 せっかくアホなカカシくんを騙せたのに、ナルトといちゃいちゃしなきゃ、元も子もないよ。
 よし!がんばれ、俺!
 
「ナルト!」
 注連縄は気合を入れると、改めてナルトに話しかけた。
 ナルトはといえば、サラダを食べなくて済んでほっとしていたところだったので、また食べろだのなんだの言われるのかと思って、びくっとした。
「な、何だってばよ?」
「キャッチボールしよう!」
 ・・・それが注連縄的親子のふれあいの基本らしく、とてもドキドキしながら言った。
「は・・・?」
 ナルトはと言えば、完全にカカシを馬鹿にしたような目でじっと見ていた。
「そ、そんなにじっと見つめられたら照れちゃうだろ?ささ、とにかく父の日だし、これはやらなきゃ損だよ」
 ナルトには何が損で、何故父の日が関係あるのか、全く分からなかった。
 けれど、浮かれた注連縄に無理やり外へ引きずり出されると、グローブを勝手に握らされてボールを投げ込まれた。
「さあこい!」
 笑顔100%で言われて、ナルトは顔を引きつらせながらも、ボールを投げてみた。
 難なく注連縄はボールを受け取ると、どこかの鬼監督みたいなノリで言った。
「まだまだあまーい!」
 ナルトから見ると、今日のカカシはいつも以上にはしゃいで、そしてどこか偉そうだった。
 もちろんナルトはそんなカカシを許さずに、むっとくると、力の限りボールを投げた。
 そうして、昼まで二人のキャッチボールは無駄に続いたのだった。
 
「あ〜お腹減ったってばよ〜」
「じゃあ今からご飯作るね」
 また自分からいそいそとご飯を作り始めようとするカカシに、ナルトは今度こそどういうわけか聞いた。
「何でせんせーが進んでご飯なんか作ろうとしてんの?しかも、何だか急に料理の腕が上がったみたいだし」
「本当!?」
 ナルトが質問したのに、帰ってきたのはフル笑顔で、ナルトはむかっときた。
 それでも注連縄がとても嬉しそうだったので、何だか毒気が抜かれてしまった。
「・・・なんか今日のせんせー、おかしいってばよ」
 そういえば、ついさっきも。よく考えればちょっと前にもこんなことを言った気がするなぁとナルトは思いながら口にした。
「俺はいつもおかしいじゃない!」
 注連縄も、前にこんなことを言った気がするなぁと思った。
 けれど、二人はそれに気をとられて、結局何を言ったのかも忘れてしまってそのまま晩御飯を食べた。
「さて、次はナルトに肩叩きしてもらおうかなっ!」
 とってもうきうきと言われてしまい、正直ナルトは引いていた。
「何で、そんなどっかの親子みたいなことばっかしたがんの・・・」
 だってどっかの親子でしょー!?
 と、注連縄は言いたかったけれど、これを言うと話が面倒くさくなるので、何とか言うのをこらえた。
「ん。今日は俺がナルトのパ・・じゃない。父親になって、ナルトに父の日体験をぜひしてもらおうかと思ってさ」
「そんなもん別にいいってば。今更そんなことやっても父ちゃんなんていないんだから」
「だからやるんだよ!」
 父の日体験の話を聞いて、ナルトが話に乗ってくるとばかり思っていた注連縄は悲しくなってしまう。
 自分がいないせいで、こんなに冷めた考え方をさせてしまったなんて。
 父の日体験なんて自分のエゴだけれど、それでも相手をしてくれるなら一緒に楽しまないと意味がないと注連縄は思う。
「ナルトはそう思うかもしれないけどさ。天国にいる父親はそんな考えしてるナルトを見て悲しんでるよ」
「・・・」
「父親ってのを知らないままなのは俺の勝手だけど、嫌なんだ。だから今日ぐらい俺と父の日を体験してほしいんだ」
 真剣な注連縄の様子に、ナルトは静かに頷いた。
 切なそうに言うカカシが、何だか本当の自分の父親に見えてしまって、ナルトは少し複雑な気分だった。
 
 変なの。
 カカシせんせーと俺ってば恋人なのに、今日のカカシせんせーは何だかそういう風に見れないってば。
 これも「父の日」のせいかな?
 
「さ、叩いて叩いて!もう年のせいか、凝っちゃってさぁ」
 注連縄はとても嬉しそうに肩をならしてナルトを待つ。
「せんせー、本当にオレの父ちゃんになったみたいだってば」
 くすくす笑いながら、ナルトはトントンと肩を叩いてあげる。
 注連縄は、そんなナルトに、「やっぱり自分のエゴだ」と改めて思ってしまった。
 目をつぶってナルトの手に集中しながら注連縄は思う。
 
 それでもナルトもこれで少しは父親というものが分かってくれたんだから、いっか。
 わがまま言ったようだけど、一応カカシくんにも感謝してあげるよ。
 本当はこのあとナルトと一緒にお風呂入って、ナルトに抱きつきながら寝たいけれど、そうすると未練が残ってずっとカカシくんの体に取り憑きそうだからね。
 今日のところはこれで勘弁してあげるよ・・・。
 
 
 注連縄はそこでカカシの体から離れていった。
「せんせー?」
 急にがくっとなったカカシに、ナルトは寝てしまったのかと思って声をかけた。
「んん・・・」
 そうして目を覚ませば、カカシは例によって今までの記憶がなかった。
「は!!大丈夫ナルト!俺に何かされなかっただろうね!?」
 必死に言ったカカシだったが、あいにくその言葉の意味を知るのはカカシしかいなかった。
「何言ってんの?カカシせんせー」
 まあいつものことだけど。
 ナルトはそう言って、それでもどこか嬉しそうだった。
「何!?何でそんなに嬉しそうなの、ナルト〜!!」
 自分が今まで何をしてきたのか知らないカカシだが、ナルトはそんなことは知らないので、「せんせー何言ってんだか」くらいにしか思っていなかった。
「さ、せんせー。今日はもう寝るってば!それとも今度は足のマッサージでもやる?」
「へっ?」
 てっきり注連縄は親のくせにかなりきわどいことをしているんじゃないかとカカシは不安だったのだけれど、その単語にあっけに取られてしまった。
「なんだ。もう父の日体験は終わりだってば?」
 そこで、注連縄が本当に父の日をナルトと過ごしたかったんだなとカカシは分かった。
「・・・ナルトがしたいならまだやる?」
 恋人なのに、ナルトの父親のフリをするなんてカカシは正直嫌だったけれど、ナルトのため、注連縄のためにそう言った。
「じゃ、また今度してもいい?今度は釣りとかしてみたいってば・・・」
 ちょっと恥ずかしそうに言うナルトに、カカシは笑顔で言った。
「もちろん」
 すると、ナルトはとっても嬉しそうに笑ったので、カカシは不本意だけれど注連縄に感謝した。
 
 やはり親ですね。
 こんな風にナルトの子供なところを引き出してしまうなんて。
 悔しいですが、今日は負けですよ。
 
 
「じゃ、今日はもう寝るか」
「うん!」
 そうして二人はまたいつもどおり仲良く一緒に寝たのだった。
 
 
 
 
 ・・・が、またカカシは深夜に起こされることになった。
「カカシく〜ん!!」
「・・・・・・」
 無視して寝返りを打っても、また今朝と同じように脳に声が響く。
 しょうがないのでカカシは起き上がって、何事か聞いた。
「それがね。俺大事なことし忘れててさ。一瞬だけでいいからちょっと代わってくれない?」
 嫌な予感がしてカカシは聞いた。
「それは何ですか」
「・・・オヤスミナサイのチュー・・・」
 一瞬の沈黙がして。
 それから次の朝までカカシと注連縄の言い合いがあったのは言うまでもない。
 
 
 
 
 
 
終わり
 
気がつけばシメパパメインな話に。現在8月2日。かな〜り時期ずれてしまいました。
 
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