幸せの定義
 
 
 きっと俺には里の人間をうらむ権利なんてないはずだ。
 いつの日だったか、ナルトが俺のことを知らない小さなときに、里の人間に暴力を受けていた。
 それを見ていたのに、俺は何も手出ししなかったんだ。
 だから俺もナルトとしては同罪になるんだろうね。
 
「ナルト、それってサスケからもらったものなんじゃないの?」
 今ナルトが手にしているのはサスケからもらった、他の里の有名なラーメンで、ずっとだれかれ構わず欲しいと喚いていたものだった。
 なのに、その手の先はゴミ箱で・・・。
「あ〜またカカシせんせーってば勝手に窓から入ってきて!」
「悪い。でも何でサスケがわざわざ遠くの里まで買ってきてくれたラーメンを捨てようとするの?」
 ナルトは何でもないと言うような顔でしゃべった。
「ああコレ?食べようと思ったら賞味期限が切れてただけだってばよ?」
 でも、俺の目には賞味期限はまだまだ余裕があるように見えた。
 ナルトは俺の視力のよさをみくびっているのか、賞味期限が表示されている面が向いたままで、俺の目の前でなんのためらいもなくゴミ箱へとラーメンを捨てた。
 
 ・・・サスケが照れながらナルトにラーメンを手渡す光景が、一瞬頭を過ぎる。
 
「で?何でオレん家に来たの、カカシせんせー」
「ちょっと寄り道ついでに何してるかなーと思って」
 ナルトは「ふ〜ん」とだけ言って、いきなり服を脱ぎ始めたので俺は一瞬とても驚いたけど、ただの着替えだと知って内心恥ずかしかった。
 そんな俺を知ってか知らずか、ナルトはさっさと着替え終わると家から早々と出て行こうとした。
「え?どこ行くの」
「どこって修行だってば。カカシせんせーもオレの家なんかで暇つぶししてないで、サスケの相手でもしてやれば?」
 ナルトはそういうと、俺の言葉も待たないで家から出て行ってしまった。
 俺はしばらくあっけに取られていたけど、慌ててナルトを追いかけた。
 最近のナルトはどこか変だった。
 でも、何故かそれが自然に思えてしまう。
 何故だかは分からないけど。
 とにかく、ふとした時にとても冷めたような目をしたり、ナルトの言っていることをよく考えて聞いていると、考え方も冷めているんじゃないかと思うときが最近よくあった。
 何故か気になったし、好きな子のことは何でも知りたいと思うのは当然のことなので、今日ナルトの家に来たわけなんだけど。
 
 日に日に違和感を感じていくのが分かる。
 今日なんかも、ナルトは笑っているようでどこか笑っていないような笑顔だと思ってしまった。
 少し前はいつも明るい笑顔だと思っていたのに、今ではどこか暗い。
 
 それをアスマや紅に言っても、別に変わらないと言われてしまった。
 いつもナルトといるサクラやサスケでさえ気がつかない。
 ナルトが信頼しているイルカ先生でさえもナルトの変化に気がついていないようだった。
 
 みんな本当にナルトのことを見ているのだろうか。
 最近は本当に分かりやすいぐらいナルトは冷めた目をしているというのに、いつもそばにいて、ナルトが好きなやつらなのにそんなことにも気がつかないだなんて。
 
 ・・・本当にナルトは心から人に好かれているのだろうか。
 
 
 
 そんなことを考えながらナルトの気配をたどっていくと、やっとナルトの気配が感じられた。
 結構急いで追いかけたのに、ずいぶん手間がかかった。
 あいつ、こんなに足が速かったっけ?
 
 もう少し気配を探ると、どうやらナルトはもう移動していないらしい。
 それどころかナルトの他に数人の気配がした。
 急いで気配のするところまで行くと、ナルトが数人の里の人間に囲まれていた。
 それだけでなく、俺が来るのが遅かったために、もうナルトの顔には殴られた痕があって、両手は羽交い絞めにされて身動きできる体勢ではなかった。
「なんだぁその生意気な顔は。最近少し調子に乗ってんじゃないのか?」
 何か言われるたびにナルトは暴力を受けていく。
 すぐに止めるために駆け出そうとしたとき、ナルトがため息をついた。
 
「あのさ、そんなにオレが鬱陶しいならさっさと殺せば?」
 
「!!」
 男達はまさかナルトがそんなことを言うなんて思ってもいなかったらしく、ひどく驚いたために言葉がでなかった。
「あんたら里の人間ってさ、いつもいつも死ねとか言いながら暴力振るっても、いつも殺し損ねるよね。何で?オレが死んだほうが危険な九尾も死んで都合いいんでしょ?」
 ナルトは心底分からないと言った様子で話していた。
 男達も俺もあまりの衝撃で身動きも取れなかった。
「オレもう演技すんのも疲れたから、オレを殺せないくせに攻撃してくんだったら殺すよ?」
 ナルトはどうやら本気らしく、すでに応戦体勢に入っていた。
「やめろ、ナルト!」
 俺はこのままではどちらも危険だと思い、今度こそ止めに入った。
 
 そんなふうに里の人間をびびらせては、もっとナルトの分が悪くなるのは分かっているはずなのに。
 
「何で急にそんなことを?いつものナルトならそんなこと考えもしないはずでしょ?」
 俺がナルトの近くによっていくと、男達は腰を抜かしながらもここから逃げていった。
 ナルトはそんな里の人間達に目もくれないで、普段のナルトとは思えない表情で笑ってみせた。
「そんなことなんで知ってんの?オレの担任だからって何でも知ってるような口の聞き方されるとオレってばかなりむかつくんだけど」
 ナルトは時折見せていた冷めた目で俺を見て、また話し出した。
「本当に上忍?忍者は裏の裏を読めって言ったのはカカシせんせーだってばよ」
「・・・じゃあ今までのナルトは演技で、今俺の目の前にいるナルトが本当のナルトだって言いたいの?」
 もしそうだとしても、何でいきなり正体を明かそうとしたのか。
 俺だけならともかく、里の人間にまであんな態度を取ってしまっては、今度こそナルトは危険人物として里に排除されてしまうんじゃないのかと、俺は不安になった。
「そうだけど?」
「でも、それなら何でいきなりあんな行動に出たの?あんな風に里の人間を脅したら、もっとお前は危ない目に遭うのに」
 そこでナルトは皮肉な笑顔を浮かべながら返事をした。
「だってさ、もうオレってば疲れたんだ。弱くて馬鹿なナルトのフリすんのも、みんなに好かれたいっていう演技すんのもさ。本当は誰にも好かれたいなんて思ってもいないし、オレを殺したいっていう里の人間がいたら弱いフリなんてしないで、さっさと返り討ちしてやりたかったし」
 俺は驚きのあまり次の言葉がなかなか出てこなかったけど、ナルトが構わずにまた話し出した。
「そんなに、意外?でもさ、よく考えるとごく自然なことだってばよ?普通、自分に暴力を振るったり蔑まれたりしたらそいつを憎むのは当然のことだし、そんなやつらに自分のことを認めてもらうなんて思わないってばよ」
「でも、俺やサスケたちは違う。ちゃんとお前のことを・・・!」
 俺が慌てて否定しても、ナルトは最後まで言わせてくれなかった。
「認めてるって?どこが?オレが里の人間に暴力を受けていたのを見ていたのに、何も手出ししなかったのに?好きだって?そんなこと言いながらサスケはサクラちゃんと抱き合ってたし、サクラちゃんはオレにそれをばれないようにやたらと見え見えに気を遣ってたってばよ」
「・・・!」
 ナルトは全部お見通しだった。
 でも、俺は自分の気持ちに嘘はない。
 本当に心からナルトのことを認めてるし、好きだ。
 ナルトが本当は何もかも知っていて、俺のことを本当は嫌いなんだと知っても。
「でもオレは残念なことにちっとも傷ついてないんだってば」
 ナルトは心底楽しそうに笑っていた。
「最初からあんたらのことは信用してなかったし、本当にオレのこと好きになられても気味悪いしさ。今みたいにうわべだけ好かれてるフリされるならいいんだけど、本当に好きになられるのは勘弁だってば。考えただけでも吐き気がするってばよ」
 いつかそんな経験があったらしく、その時を思い出したのかナルトは本当に嫌そうな顔をしていた。
「ま、その時は里にばれないようにさっさと殺しといたけど」
 今度はそいつを殺した時を思い出しているのか、嬉しそうな顔をしていた。
 
 じゃあ、じゃあもし俺が今ナルトのことが好きだと言ったら、ナルトは俺のことを殺すのだろうか。
 
 そう考えたときに、ナルトが言っていた本当に好かれたという人間の考えたことが少し分かったような気がした。
 きっとそいつもナルトになら殺されて本望だと思ったに違いない。
 だって、俺もそんなことを今思っているから。
 殺されるのを覚悟で自分の気持ちを言うってことは、それが本物だから。
 俺だってナルトへの気持ちは本物だ。
 ナルトはそんな気持ちを分かってくれないかもしれないけど。
 
「俺はナルトが好きだよ」
 
「ふ〜ん」
 案の定ナルトは俺を馬鹿にしたような笑みを浮かべて、聞き流した。
「本当だよ?」
「せんせー死にたいの?」
 いきなりそう返されて困ってしまったが、思ったことをすぐに言った。
「ナルトにならいいよ」
「どっかで聞いたような台詞。・・・でも、カカシせんせーは殺してあげないってばよ」
 ナルトはまだ笑ったままだった。
「何で」
「もっと苦しい思いさせるには、生殺しがいいって知ったから」
 そこまで言って、ナルトはもう話すことはないとでも言うように後ろを向いてしまった。
「・・・少しは俺に関心があるんだ」
 
 それは好きとかいった、いい感情じゃないのだろうけど。
 何とも思われていないよりはマシだと考えてしまう俺はかなり重症なのかも。
 
「カカシせんせーっておめでたい脳みそしてんだね」
「そう?でもなんとも思われていないよりは嫌われてるほうがまだましだと思うけど。なんとも思われてないのは、その人にとって自分は居ても居なくても一緒だってことだろうし。それならまだ嫌われてるほうがいいよ。俺のことを考えてくれてるわけだしさ」
 ナルトに向かって微笑んでみると、ナルトもいつもの明るいナルトのような微笑を返してくれた。
「あの時の自分の気持ちが今分かったような気がするってばよ」
「?」
 ナルトの言いたいことが分からないので、首を傾げてみるが、ずっと微笑んだままで何も答えてくれなかった。
 でもさっきまでのどこか暗い表情は消えて、自然な暖かさのある微笑だったので、俺はそれ以上は聞こうとは思わなかったんだけど。
「カカシせんせーは一生殺してやらないし、一生好きになんかなってやんないから」
 聞きようによっては絶望的なその言葉も、どこか響きが温かい。
 俺はなにも考えずに言葉が口に出ていた。
「ありがと」
 
 自分で言って、なにがありがたいんだかよく分からなかったけど。
 
 ・・・そうだ。
 
「これからナルトはどうするの?正体ばらしちゃったなら後々まずいんじゃないの」
 ナルトは俺の前を歩いていた足を止めると振り向いて、
「攻撃するならすれば?オレはもう迎え撃つだけだし、絶対に負ける気はしないってばよ」
 そう言って不敵に笑ってみせた。
 決して俺はナルトに認めてもらえないんだろうけど。
 こうしてずっとそばにいさせてもらいたいと思った。
 里の人間と俺も一緒に戦うから、憎み続けてもいいからずっと俺だけを見ていてほしい。
 
 前を歩いているナルトはなにを思っているのかは知らないけれど。
 この想いが通じればいいのに。
 
 
 
 後ろを歩いているカカシせんせーは正直目障りだった。
 何で未だにオレの後ろをついてくるのかも分かんないしさ。
 
 相変わらず好かれて嬉しいとかいった感情は分かんないけど。
 あの時のもやもやした感情が何だったのかは分かったような気がするってば。
 
 あの時。
 カカシせんせーは嫌われ者のオレも知っている有名な忍で、当時の目標だった。
 けれどカカシせんせーは里の人間に暴力を受けているオレを黙って見ていた。
 目標だった人間に少しあこがれていたのかもしれない。
 幼くてまだ弱かったオレは助けてくれるんじゃないかと甘いことを考えていた。
 けれどそれは見事に裏切られて。
 その時オレは言葉で表せられない感情に見舞われた。
 
 少なくともあの時のオレは、カカシせんせーには何とも思われていなかったのが分かる。
 好かれても憎まれてもいない。
 別にあそこでオレが死んでもきっと何も手出ししないままだったと思う。
 
 何だか好かれるのは嫌いだけれど、何とも思われないのはもっと嫌だと思ってしまう。
 決してカカシせんせーが好きだというわけではないんだけれど。
 
 ただそれが分かっただけでこうも気持ちが楽になるのは何でかな。
 いつもの馬鹿で弱いナルトを演じ疲れていて、それが開放されたから単に気持ちが楽になったわけじゃないと、何故だか分かる。
 
 カカシせんせー以外のみんなは明らかに偽ってオレと接していることが読み取れた。
 本当はオレがどうなろうとどうでもいいってことが分かっていた。
 
 そのせいで疲れていたなら、オレってば意外と人恋しいのかも。
 自分がみんなに、実は何とも思われていないってのを知ってきっと少しは寂しかったんだと思う。
 
 けど・・・。
 
 
「そう簡単にほだされてたまるかってばよ」
 
 今までオレを理不尽にも苦しめてきたやつらに、そう簡単にしっぽを振ってやろうなんて思っちゃいない。
 
 まずはオレを好きだなんてアホなことを言ってるカカシせんせーから罪を償ってもらうってばよ。
 一生かけて、ずっとオレのそばにいればいい。
 
 
 
 カカシせんせーが後ろで不思議そうに首を傾げていたけど、気にせずにオレは一人笑っていた。
 
 
 どうしてだかこんな暗いことを考えているのに、気分は心地よかった。
 
 
終わり
 
 

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