最近、気がつくと先生を探している自分がいる。 目が、意識が、あの銀の髪を自然と探しているのだ。 あの手に撫でられると嬉しい。 あの声に呼ばれると嬉しい。 でも、そのたびに心臓がうるさいぐらいに鳴り響き、息が出来なくなる。 何故だろう。自分ではわからなくて。 あの人の名前を伏せたまま、イルカに相談をすれば、返ってきたのは── NET その日の7班の任務は、カカシの遅刻から始まり、 サスケとナルトのいがみ合いを通り過ぎ、ナルトの 指輪発見で終わった。 「先生―!見つけたってばよ!」 「お。がんばったなぁ、ナルト」 くしゃりと頭を撫でられて、蒼い瞳が嬉しそうに細まり。 そして、幸せそうに綻び。 ……カカシの手が、ナルトの金の髪を遠ざかっていった。 「…?せんせ?」 首を傾げてカカシを見上げれば、ふい、と逸らされた視線。 ナルトの背に、凍りつくような寒気が走る。 「さ。今日の任務はここまでだ。明日もいつもどおりだからねー。 解散」 片手を挙げ、カカシの身体は煙の中。 すぐに、それは晴れたが、後には何も残ることなく。 「サスケくーん!一緒に帰りましょー」 「あ、おいっ」 ぐい、と腕を絡ませ、サクラは強引にサスケを腕を組む。 「じゃあね、ナルト」 「また、明日ってばよ」 目を細め、手を振り、ナルトは二人を見送った。 二人の姿が見えなくなった頃、ナルトの手は、ぱたり、と身体の脇に、 力なく下ろされた。 思うのは、銀色。そらされた瞳。 ぎゅ、と拳を握り締め、上げられた蒼い瞳には、強い意志が込められていて。 「ここで逃げたら、男がすたるってばよ!」 持ち前の気丈さと、子どもの無鉄砲さを武器にして、少年は一直線に走り出した。 行かねばならないのは報告所。 任務の報告をしなくてはならないのだ。 ──わかってるんだけどね…。 カカシは木にもたれ、そのままズルズルと腰を下ろした。 手甲をはめた手を、じっと見詰める。 「参ったな…」 どんどん遠ざかっていく、あの子との距離。 触れるのはもちろん、最近では蒼い瞳に見つめられるだけで、苦痛で。 子どもの尊敬のまなざしは、今のカカシには窮屈でしかない。 ──だってねぇ…。俺は教師、なんだし。 あの三人が初めての生徒で、アスマや他の上忍に比べれば、まだまだ 俄かなものでしかないのかもしれないけれど。 けれど…。 ──この想いは禁忌だ。 あの子は子どもで、生徒で。尊敬してやまない師の遺子で。 こんな情欲の込められた想いを向けていい相手ではないのだ。 カカシの想いは見返りを求める想い。同じ想いを抱いて欲しい、と願わず にはいられない。 「でもさ…、お前に必要なのは、無償の愛ってやつでしょ?」 たとえば、あの人のいい中忍のような。 ──でも、無理…。 カカシの瞳が、暗い光を宿し、自嘲に歪む。 ──無理だ…。 だから、近づけない。 報告所では、二人の上忍と、受付係であるイルカがいた。 任務報告のついでに軽い会話を。 心配性な中忍に、下忍たちの現状を報告してやれば、嬉しそうな返事。 そんなイルカの目が、入り口のあたりでちらちらする金色を、見逃すわけがなく。 「ナルトか?何やってんだ、お前」 「え…。あ。…へへ」 気まずそうに頭を掻きながら、ナルトは三人の前に姿を現した。 アスマも紅も、先ほどから扉の前で、何やら蠢いていたナルトの気配に、 首を傾げていたところで、笑みを浮かべ、話しかけた。 「どうしたんだい、うずまき。こんなところに」 「カカシの奴はどうした。一緒じゃねぇのか?」 「先生、まだ来てねぇの?けっこう前に、こっちに向かったはずなのに…」 おっかしぃなー。と、ナルトは腕を組み、首を傾げる。 自分の足が、カカシを追い抜いたとは、とても思えないというのに。 「どこかで寄り道でもされてるのかな…。ところで、ナルト。 今日の任務はどうだったんだ?」 「さっすがイルカ先生!よく聞いてくれたってば。指輪見つけたの、 オレなんだってばよ!」 「そうかー。がんばってるなぁ、ナルト」 一番、手間のかかった生徒であり、何かと思い入れの強いナルトの話に、 自然とイルカの頬が緩む。 にしし、と得意げに笑うナルトの頭を、アスマの大きな手が、くしゃりと撫でた。 「よくやってんなぁ。カカシの奴も、意外としっかり先生、やってんだな」 「ふふ…。そうね」 「でも、遅刻はぜんっぜん、直んねぇんだってばよ」 困ったもんだなー、なんて笑いあってるところに、噂をすれば何とやら。 当の本人が姿を現した。 「…なーに、人の悪口で盛り上がってんのよ」 「お、カカシ。遅かったなぁ」 肩をひょい、と竦め、カカシはイルカの元へ。 報告書を提出し、蒼い瞳を瞬かせる金色に声を掛け。 「こんなところで、何やってんの。お前」 「ん、んーと…」 「ああ。イルカ先生に一楽、おごってもらうのか?あんまり迷惑 かけちゃダメだぞ」 「迷惑だなんてことはありませんよ」 「カカ…」 「そうですか?よかったなー、ナルト。味噌ラーメンでもおごって もらいなさいね」 自分の話を聞こうとしないカカシの態度に、眉間に皺を寄せ、ナルトは 声を張り上げ、噛み付いた。 「オレが用あんのは、カカシ先生だってば!」 報告所を、沈黙が覆った。 そして、ぽつり、と口布の下から、言葉が零れる。 「…俺はないよ」 何の感情も感じられない、単調な言葉に、紅が爪の完璧に整えられ た手を、カカシの肩に手を掛ける。 「あんた…。その言い方はなんだい」 「紅には関係ないでしょ」 「カカ…」 「カカシ先生!」 きっ、と蒼い瞳がカカシを捉える。 その瞳には、決意が感じられ。 カカシの鼓動が、ひとつ大きく波打つ。 「オレさ…先生が好きなんだってば。先生が、オレのこと嫌いでも、 それでも好きだってばよ」 「…憧れと混同してるだけだよ」 アスマも紅も、イルカも目を瞠る中、カカシに言えるのは、そんなことだけ。 ──子ども特有の憧れってヤツでしょ…? そんな想いなら、向けられなくてもいい。 否、欲しくない。ただ、辛くなるだけだから。 「オレ…先生のこと、気づくと先生のこと、探してるんだってば。会いたくて、 声が聞きたくて。でもさ。いざ、先生を前にすると、オレってば、このへんが 痛くなんだってばよ」 そう言って、ぎゅう、と小さな手が、胸のあたりを掴み。 困ったように眉根を寄せて、笑う。 「オレ、先生が好きなんだってば」 「…俺は」 恐る恐る。ナルトの手が、カカシへと伸びる。 周囲の人間は、ただ、見守るしか出来なかった。 カカシの身体に、小さな手が触れようとした、直前。 臆病な大人は、思わず、身体を引いた。 蒼い瞳が、大きく見開かれ、ひゅ、と喉を鳴らす。 けれど、拒絶に慣れた子どもは、そんな大人のために、笑顔を作って 見せるのだ。 「へへ…。ごめん、先生!でも、オレ、ホントに先生が好きなんだってば。 だから…」 好きでいるのだけでも、許して欲しいってば。 それは、それは、綺麗に笑んで。 子どもは報告所を飛び出して行った。 後には、呆然と立ちすくむ、置いていかれた銀色。 「あ…」 小さく声を出した、瞬間。 カカシの頬は、イルカの拳に見事な音で、殴られた。 カカシの身体が、よろめく。 「あんた…。わかってるのか!?自分が、ナルトに何をしたか! 見えてなかったんですか?!あいつの手、震えてたのに…!!」 怒りに顔を赤くした中忍に、無様な上忍は返す言葉もなく。 己を嘲るように、喉で笑う。 「カカシ…。悪いけどよ。俺はイルカを止める気、ねぇぞ」 「同感ね。むしろ、私も殴ってやりたいわ」 「…俺もだよ」 ──俺も、自分を殴ってやりたいよ…。 誰よりも愛しい子どもに、嫌いでもいいから、好きでいさせて、なんて 台詞を言わせて。 「逃げないでやってください。あいつは…本当に真剣なんです。俺に相談して きたとき、俺が、それは恋だな、って言ったら…あいつ、笑ったんですよ」 今まで、見たことないぐらい、幸せそうな顔で。 カカシの右目が見開かれ、逡巡に揺れる。 そして、すぅ、と大きく、カカシは空気を吸い込んだ。 「…アスマ」 「んだよ」 「一発、殴ってくんない?」 「…ふん」 ぐ、と握りこめられたアスマの拳に殴られ、先ほどよりも大きくカカシの足がよろめいた。 「…っ、お前ねー…。もう少し、手加減しても、いいんじゃないの…っ?」 「それじゃ意味がねぇだろが」 「まぁね…」 苦笑を浮かべ、小さく頭を振り。 腫れる頬に、軽く触れた。 アカデミーの校舎の後ろ。 息を切らして、ナルトはへたりと座り込んでいた。 「…諦めないってば」 俯いてしまったら、泣き出してしまいそうで、ナルトはぐ、と空を見上げ。 きゅう、と赤くなるほどに唇を噛み締め、手を落ち行く太陽に翳す。 「火影になんのと、先生に好きになってもらんのと、どっちのが、キツイかな…」 火影になることは、誰にも譲れない、願いにも似た夢。 カカシへの想いは、誰にも譲れない、祈りにも似た想い。 ナルトの口から、大きく息が漏れた。 「どっちも…諦められないってば…」 ──どっちも、大切なんだってば。 蒼い瞳が、ゆらりと揺れる。 そして、不意にそこに映りこむ、銀色。 「うわぁ?!」 「…お前ね、忍なら、もう少し、気配を読みなさいね」 「…カカシ先生」 自分を追ってくるなんて、夢にも思わなかったから、ナルトは落ち着かなさ そうに、眉を寄せ。 そんな子どもの横に、カカシは腰を下ろした。 「何だってば」 「諦めないでね?」 「ふえ?」 目を瞬かせ、細い首が傾ぐ。 「火影になることも…俺を好きでいることも」 「……!」 カカシの無骨な、けれど、綺麗な指が、己の口布を下ろし、形のいい唇を 外気に晒した。 当然、ナルトの目にも、晒されて。 ナルトは、カカシの行動に目を瞠る。 「せ、先生…?」 「俺もさ…。もう諦めないから」 目を細め、カカシは柔らかな笑みをナルトに向け。 その赤く腫れた頬に、小さな手が伸ばされ… 一瞬の躊躇のあと、優しく、触れた。 「これ…どうしたんだってば?」 「目をね、覚ますために必要だったの」 「ふーん…?」 訝しげに首を傾げながら、ナルトの手が離れていく。 それに合わせるように、カカシは金糸に指を滑らして。 「カカシ先生は、何を諦めないんだってば?」 「先に、ナルトから言ってくれる?」 「へ。何で…」 「ね?」 穏やかな光を宿した右目に見つめられ、ぎゅ、と覚悟を決めるようにして、 拳を握りこむと、ナルトは決して、カカシから視線を逸らすことなく、己の夢と 想いを口にする。 「火影になることと…先生を好きでいることだってば」 「俺も、だよ」 「え!?先生も火影になんの?!」 「…何で、この状況でそっちになんのよ…」 がくり、と項垂れ。 それから、カカシはしゅるり、と額当てを外した。 「お前を…ナルトを好きでいることを、だよ」 「…え」 「ごめんね。臆病な大人で…。お前のためだと言いながら、結局、 自分が傷つきたくなかっただけなんだろうね」 「カカシ先生…。それ、ホントだってば…?」 「臆病な大人ってやつ?」 「そうじゃなくって!」 「はは。わかってるよ」 腕の中に収まってしまうくらいに、小さな身体を、カカシは腕を伸ばして、 己の胸へと引き寄せた。 驚いたのだろう。ナルトが大きく、息を呑む。 「好きだよ」 「…っ。オレも、先生が好きだってばよ…っ」 目じりに涙を浮かべ、にしし、と幸せそうに子どもは笑った。 他の誰でもない。カカシにだけ、向ける笑顔で。 諦めを知らない子どもは、臆病な大人の壁を壊し、暖かな腕を手に入れた。 |
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くう〜っ!素敵ですv素敵すぎます!!
ナルチョがリク通り積極的で、よかです。
カカシもヘタレぐあいが最高です。
付き合う前の二人がとっても初々しく感じて思わずニヤけ入りました。
キリ番踏んだ幸運を喜びつつ、戒吏さん素敵小説ありがとうございました!!
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