ニューヨークへ







1月3日朝。
大急ぎでホテルの精算、Tedの車で空港へ。
Tedは私たちが
見えなくなるまで見送ってくれた。
これから彼はホッとして、
コロラドへの帰り支度をするのだろう。


「ありがとうご、Ted。
あなたは完璧なコーディネーター
そして通訳でした。
あなたのおかげで私はのほほんと
このコロンバスを楽しめました。

英語を聞き取らなくては、と
いうピンと張り詰めた
精神的な緊張感があまりなくて、
ほんとにありがたかったです。

メモっをとったり、写真を撮ったり
なにより私自身でいられました」








今年(03年)6月には、彼が日本語を教えている
コロラドの小学生とその母親たち
総勢16人を連れて日本に来る。
その旅費の足しにと、少しだけカンパさせていただいた。

Tedはいわゆる、物欲のない人。
さっぱりと、気持ちよく、
自分にとって大事なものは何かを把握して
生きておられる。
彼を知ってアメリカ人への印象が、少し変わった。
でも彼はドイツ系のアメリカ人なので
それも、加味して考慮しなくてはいけないかも。



さて、コロンバスの空港から8時20分に
デトロイトへ向けて出発するはずの便が、
40分以上も遅れるというアナウンス。

デトロイトに着いたら、10時10分過ぎ。
ニューヨークへの便は10時18分発。
飛行機は定刻に出発するかどうか、はわからない。
遅れているかも。
ひょっとして間に合うかも、と
チラと思った。

ここで私のミス。

スタッフに、走れば間に合うかどうかを聞かずに
とりあえず走る方を選んでしまった。
ゲートはA75。

うっへぇ、遠い!!

モノレールに乗ればいいのに、
やみくもに走る、走る。
こういう時、私はちょっと鍛えてあるので(?)
ケッコ速い。

何分走ったろうか。
空港建物の
端っこにあるそのゲートの外には
もうっすっかり見慣れたノースウェストの飛行機も見える。
ん、あれかも。
あれであってほしい。

入り口には男性スタッフがひとり、
スタンディングテーブルに
うつむいて何かしている。

息せき切って
「あの○○便は?」
彼は、こともなげに
顔も上げずに、言った。
「It's gone.」
(行っちゃいました)

私には「行っちまったヨ」と聞こえた。
「はぁ?」
思わず頭に血が上る。
走りまくって大汗かいてることだし、
息もテンションもメーターは
ほとんど最高潮まで上がりっぱなし。

わたしゃ、ときたまだけど
気が短くなるんだよ。

できるだけ静かに
「あのですね、
私たち3人が遅れたのは、
私たちのせいじゃないんです。
デトロイトからの便が、遅れたんです」

「知ってますよ」
初めて彼はこちらを見た。
アフリカ系アメリカ人。
若い。
性格は悪くはなさそう。
私は言葉を待った。
彼は何も言わない。
もちろん
申し訳なさそうな顔もしない。

日本人ならこういう時
絶対に謝るぞ。

自分が悪くなくったって、「すみません」って、きっと。
そしたら「いいえ、そういうこともありますよ、ね」と
こちらだって「ニッコ」としながら
切っ先向けた後の矛先を収められるってもんだ。

ムン、暖簾にウデ押しって、これのことね。
勝てない。

私もオトナだ。
一息ついて、できるだけ穏やかに
「じゃぁ、どうすればいいんですか?」
「このあとの便に乗り換えさせてあげますよ」
「…ハイ、ではよろしく」

早く言ってよ。





追いついてきて
後ろで見ているRemiとTakaさんに
ことの成り行きを説明。
ひたすら私に走らされた彼らは
ガックリ。

ほんとにごめんね。

彼が書き直してくれた便の時間を見て
また、ナヌ〜?

13時45分発だって?
今から
3時間半近くあるじゃないの。

でもどう、地団太、踏んでもしかたがない。

気を取り直して
こんどの便のゲート近くの待合所で休むことにする。

「ごめんね、私が走れば間に合うかどうかを
たずねるべきだったわ。
そしたらこんなに走らなくてもよかったのに…。
大丈夫?」

「うん、大丈夫。あなたのせいじゃないわよ」とRemi。
彼女のこういうことばは、持ち合わせた性格の
やさしさ。


Takaさんは朝早かったこともあって、
疲れ果てて眠ってしまわれた。

お昼を空港のカフェですませて、
おまけにその振り替え便も
ごていねいに20分も遅れて
やっとのことでニューヨークへ出発。

3時間半以上をロスしたので、
今日の午後、予定していたことは
明日にしなくては。

まあ、いい、か。
今度の旅で
ニューヨークはいわゆる“オプション”。
せっかくアメリカまで行くのだし、と
Remiたちが足をのばそうと
いうことになっていて
することは
きちんと決めてはいない。

コロンバスが無事に終われば
言うことナシだった。

Remiがブロードウェイのミュージカルを見たいのと
できれば、グラウンド・ゼロと
5番街もちょっと歩きたいそう。
有名なロックフェラーセンターの35mも
あるというあのクリスマスツリーも見たい、と。

1月4日まではクリスマス週間なのだそう
でツリーが飾られているのだ。
あのツリー、ニュースでもよくやるけど、
それよりも私は映画『ホームアローン』で
びっくりした。
テレビ画面よりも映画の大型画面では
すっごかった。


私はアメリカへはこれで3度目。
そのどの旅でも
ニューヨークへくるチャンスがあった。
秋の10月、紅葉だったり、
8月の夏真っ盛りだったり
そして今回は1月の真冬。
(でもほんの数日ずつ)


もう私たちは気兼ねなく日本語。
とても気楽。


「Johnさんたち、私たちがいまごろは
もうニューヨークに着いてるって、
思ってるわね」
「うん、それにやっと帰ったって、
ホッとしてるわよ」と笑う。
「大変だっただろうしね」
「わからないように気を使ってくれてたものね」





「私、あのチョコレート買えて、よかったわぁ」
とRemi。
「ああ、あれね。歴史のあるチョコなんだネ」

私はここに来るまで
そのチョコレートを「もしあれば買いたい」って
Remiが思っていたことも知らなかった。

Remiが小さい頃
トミーの父母が何度か
送ってきたものだそうだ。

遠い記憶に
箱にはクロスステッチのような模様があったと言うと
「これかしら?」と、
Cherylがさがしてきてくれた。

Remiは見た瞬間、
「あっ、これよ。
少しデザインは違うかなと思うけど、
でもこれに間違いないわ」



ホイットマン・チョコレート

私も買ったが
いろいろな味の
おいしいチョコレートだった。







ニューヨークへの
飛行機の中では私はひたすら眠った。
あのまま、落ちても私はもう「シアワセ」だったろう。

着いたら、4時過ぎ。
手続きをすませて空港を出たら、もう薄暗い。

その辺のタクシーに料金をたずねる。
「24.5ドルです」
マンハッタンへの橋の料金も入っているそう。
そう、ここからマンハッタンへは
いずれかの橋を通らないと行けません。
なにしろ島なのですから。

Takaさんにもう一度確認してから
「シェラトン・ニューヨーク・ホテル&タワーズまでお願いします」


このホテルは’01年に泊まった
シェラントン・ニューヨークの通りをはさんだすぐそば。
そして毎朝、ここへ高校生たちと
朝食を食べに通ったホテル。


あの通りへ、また行くのだ。
何か不思議な縁を思う。

Takaさんが日本語スタッフが常駐している
とてもデラックスなホテルを予約したのだ。