グラウンド・ゼロ 

 




そんなこんなの苦労をして
やっとこさ、着いたホテル。
チェックインして
各自の部屋へ。

あったかい下着を着込み
白いダウンジャケットに帽子、手袋を握って完全防備。
この白いダウンジャケットは
今回アメリカへ来るために買った。
二重になっていて裏をはずせば
ベストにもなる。
襟がふわふわっとして
とても温かい。

夜8時過ぎにRemi夫妻と一緒に夕食。

さて夜9時。
3ブロック歩いて、ロックフェラーセンターへ。
雨が降っていたので、傘を出す。

ちょっと迷ったり人にたずねたり。

あれだ。おお。
大きい、高い、そしてきれい。
これがかの有名なクリスマスツリー。
Takaさんが、写真撮ってあげるからってんで
Remiと並ぶ。
遠くからしかとれないので
暗いし、Takaさんがどこにいるのかもわからない。
ましてや、いつ撮ったのかわからない。

手を振っている。
あら? 終わったの?
いいお顔していたかしら?
なぁんて、ほんとは思わなくてよかったの。

だって
ツリーだけがぼ〜んやりと写っているだけで、
人なんて全然見えなかったんだから。

まわりの雰囲気も写して。
スケートしてる人たちもついでに。
ここへは、私もう3回目。





ホテルで“
HIS(エイチアイエス)”の日本人女性スタッフが
明日の夜のミュージカルの
希望を、3個までメモして
あれこれと手配してくれることになっている。

このあたりはTakaさんにおまかせ。
Remiは「コンタクト」たらいうのを
見たかったそうだが
私は、何でもよろし。
結局、「42ストリート」がとれた。
それもいい席。


翌日。
今日は“グラウンド・ゼロ”へ行く。
ホテルでたずねてあったので、バスに。
五番街をバスで、というのも、いいものだ。
世界貿易センタービルは
’01年に来た時に見たし、
あの追突で崩れるほんの2週間前にここに
来ていたので、当時大変なショックを受けた。

そばにある教会へ入って展示を見る。
あの日、救出する時、亡くなった消防士たち。
見つけ出された遺品の数々。
フラッグ。
私は違う種類の写真集を、2冊買った。
そして、3人で少しばかりの寄付をした。

出口で女性スタッフが
「どちらから?」
「日本です」
「あなたと彼は日本人だと思うけど。
この人
(とRemiを指して)
なんだか親しみを感じる顔だわ」
「そう?わかる?」
私はRemiに、ことわってから、
彼女の奇跡のような今回の旅を話す。
こういう時、私はかなり雄弁。
「まぁ、素敵なお話。ほんとによかったわねぇ」
「そうなんです。いい旅でした。
とてもいいご家族でしたわ。
ニューヨークは、オプションなんです」
「楽しんでね」
「ありがとう」

実を言うと、私はあちこちのお店に入った時
暇そうにしている若い女性店員と、
数回、この話をした。
「観光? どこから?」
「当ててみて」
「う〜ん、中国?」
「い〜え。日本よ」てな感じで、話は始まる。

話を聞くと
みんな目を真ん丸くして
「んまぁ」
肩をすくめて、顔を振る。







さて。
その場所は悲しい場所だけれど
人がよく来る観光地にも、なっていた。

60代くらいの白いおひげの男性が、フルートを吹いていた。
私たちを見て、日本の音楽を吹いてくれた。
前においてある帽子に小銭を入れる。

この寒い中立ちっぱなしで体を悪く
しないだろうか。
帰国して、その場所がテレビ映像で
写った時にもいたので、
毎日、ああしてあそこで吹いているのだろう。
誰かへの鎮魂か。

私はそばのフェンスに
かけてあった折鶴の束や、
Tシャツ、布、手紙など、
時間を経て
薄汚れてきている記念のモノたちに
カメラを向けた。
Remiたちがニューヨークへも、と言った時
私はここへどうしても来たかった。




(帽子、花束やアメリカの旗、千羽鶴…)


あのテロで、亡くなった無辜の3000人以上の
人たちを思うとつらい。
こんなことは決して許せない、と思った。

か、といって
この事件以後のアメリカ主導の
「イラク攻撃」への道を、私は
賛成しない。

違う手段は、なかったのだろうか?

あのイラク攻撃には
個人的に反対署名をしたりして
仲間同士、意思を確認した。

もう幕を閉じたが、あの時に、思っていたこと。
アメリカ寄りの情報操作がされたニュースを
聞かされているのではないか。
あのテロで亡くなった人たちのことが、
無謀な攻撃によって、
なおざりにされてしまっているような気もして
哀しかった。
どこの国の人であろうが、人が人である限り
その価値に変わりはない。

平和への思いを強くする中で出会った
森住卓氏の写真集。
湾岸以後の子どもたちへ
米軍が使用した「劣化ウラン弾」がもたらしたと
される恐ろしい後遺症写真。

「戦争はイヤよ」
「平和がイイの」とだけ
叫んでいても、平和は得られなくなるかも知れない。

今を「自由な国」で、「平和に生きる」ことができる
私たちは何を言い、どんな行動をしていくべきなのか。

まず、知ること。
そして判断すること。
それには感性と、見極める目を持つこと。

そのためには勉強をしていかなくては
いけないだろう。

今、どうすればいいのか。
私には答えは出せないけれど
自問したり、いつも心にひとつ
ノートを開いて書く用意をしていれば、
何かがあったら、すぐにメモできる。

攻撃の間、私は自答できず、
ずっと重くつらかった。







ここで、あの日。
突然、飛行機が乗っ取られて
ものの、数時間で衝突して…。
そして。
あっという間に、崩れ落ちたふたつのセンタービル。
そうやって、思いもかけなかった時に
生を絶たれた人たちに思いを馳せると
暴力を憎むとともに
理不尽なことへの怒りがわいてくる。

昨年、中に潜入していたいたフランス人兄弟の
ビデオ撮影がドキュメンタリー放送された。

中にいて、事件に遭遇した人たちの
恐ろしさはいかばかりであったか。

金網越しに、着々と再建工事が
すすんでいるのが見えた。
なんという広さ。

無言で帰途につく。

通りで名物(?)の「プレッツェル」を買って、
ほおばりながら。

ちょっとのぞいた気に入ったお店で
少し買い物もした。







付近のイタリアンレストランで夕食。
ちょっぴりおしゃれして、ブロードウェーへ。
劇場の前に
騎馬警官がいたので、写真を一枚。
警官も慣れたもので
撮っている間はじっとしていてくれる。
顔を見上げるとすました顔。
おそるおそる、馬にも手を。
あったかい。
美しい馬だった。

ミュージカルはとっても、きれいだった。
が。
途中で、ふっと意識不明に。

「まったく、高いお金出して
見にきて、ここで、寝ちゃったりできる人の
気がしれないわヨ」とは
Remiのきつ〜いおことば。

ゴモットモ。

なので、内容につきましては省きまする。

帰りにミュージックショップへ。
Takaさんは狂がつくほど、音楽好き。
11時をまわっているのだけど、
ちょっと付き合って、と。
私たちはひろ〜い店内で、うろうろ。
Remiはバラード音楽のCDを一枚買った。

さぁて、明日はTakaさんは日本へ。
私たちはデトロイト経由で
コロラドだ。
この13日間の旅で
数えたら、8回も飛行機を乗り換えたのだ。

コロラドでは
Tedが空港の出口まで
迎えにきてくれていることになっている。