「おいしいわ、焼きたてワッフル」





私たちが宿泊した
ホテルは、経営陣がみんなインド系。
あのインド訛りの英語は
なつかしいけど、わかりにくい。

愛想は…、日本ほど
期待できないが、頼めば何でもやってくれる。。


1階部分の真中が少し暗い、食事コーナーで
そこは朝だけ使われる。
椅子やテーブルがいくつか。
コーヒーや紅茶、オレンジジュース、それにパンなど
セルフサービス。

うれしかったのが、ワッフル。
セルフでじゅうじゅうと焼いていただく。
ものものしい真っ黒いワッフル型焼きを電気で温めて
マーガリンを入れて
ボウルのネタをとろ〜り。
しばらく待って、ピッピッとなったら
機械をひっくり返して
またしばらく。
ピーッと鳴れば、出来上がり。

そっと開けると
ホッカホカで香ばしい香りの
ワッフルが2枚、湯気を立てている。。

最初はうまくいかず、失敗。
Takaさんが「ボクもうまくいかなかったんですよ。
こうするといいですよ」と、教えてくれてから
うまく焼けるようになった。

アッツアツにバタと蜜をかけていただく。
これは6日、どの日も楽しみで、おいしかった。
朝はそうたくさん、
食べられないので、十分だった。


Takaさんは旅行中、いつも穏やかで
適度におしゃべりで
安心してそばに居られる人だった。
“男性”を意識させない気軽な人。
たまに、Remiに「もう〜」なんて
言われても、動じない。
「お友だちになりたいわぁ」って、感じの人である。







12月31日の朝、David とJill が迎えに来てくれた。
今日はこれから
Jennifer のうちへ行ってそれからは
二手に分かれる予定。

私とRemi、それにJennifer、Scott はアーミッシュカントリー。
Takaさんと、Ted とDavid、Jill は
クリーブランド(オハイオ州の北にある大きな町)へ
音楽ツアーに出かける。

その前にみんなで、Jenniferのうちへ寄る。
(今日はJohn とCheryl はお留守番)

広大な敷地に立つ大きな家。



上の写真はJennifer が以前、メールに添付してくれたもの。
どの部屋も彼ら二人の住まいにこだわる
ポリシーあふれた雰囲気が。
19世紀だかに立てられたものを気に入って買い
自分たちの好みで、手を入れてきた。

左の白っぽい家が
Scott の仕事部屋。
ご自慢の電動工具や趣味の道具が
ぎっしり、きちんと整理されている。
みんなにすごい、と誉められて照れていた。
笑顔がとてもいいScott。

う〜ん、オトナの遊び場だ。
楽しんでるねぇ。


家中の探索が終わって、いざ。

Scott が運転して、さぁ、アーミッシュカントリーへ。


渡米前、Jennifer に
メールでたずねられた。
「Remi やあなたは、遠くからはるばる来るのだし。
できれば行きたいところへ連れて行ってあげたいわ。
ワシントンはそう遠くはないのよ、車で8時間くらいかな?
ニューヨークも10時間くらいだわ。
コロンバスはいいところよ、あなた達、
きっと気に入ると思うわ。
どこへ行きたいか、知らせてね」

読んで私は「ギエ〜」だった。
ナヌ? 
ワシントンまで8時間?
ニューヨークまで10時間?
それを「そう遠くは、ないわ」という
距離感覚が信じられない。
日本人とアメリカ人の
“時間や距離感覚”は数倍、違うということだ。


私たちにしてみれば、時間がもったいない。
せいぜい、車で1,2時間まで、よねぇ。
Remiとそう言いあったものだ。

Cheryl からはアメリカの大きな写真集や、
オハイオの州のみどころを
書いた本がRemi に送られてきていた。
Remi はドサッと、私に渡して言った。

「写真はいいけど、
この本、ぜぇんぶ、英語。
字ばっかりヨ」

私はふうん、と借りて帰って
夜、開いた。

ペラペラとめくっていたら、目に入ったのは
「アーミッシュカントリー」
ウワ〜。
オハイオにもあるんだ。
行きたぁい。

Remiに言ったら、「何? それ」

私はJennifer にメールでそう書いたけれど、
じゃあ、行きましょうと、いう返事はこなかったので
予定してくれているのか、いないのか
わからなかったのだが。

そう
ちゃんと予定をたててくださっていたのね。

とにかく
車で1時間ほどで、あたりの景色が変わった。
なんだか違う。
畑、木々、点在する家々、馬車、馬たちが
そこここに、つながれて。

そうね。
ここは彼らの生活しているところなのだもの、ね。

学校も自分たちで、作っている。
子供たちのなかには外の世界へ出たい子もいるらしいが
それも拒否しないそう。
選択するのは彼ら自身。







ここで少しお勉強。

アーミッシュ派(Amish)とは。
キリスト教、プロテスタントの一派。
メノー派に属したスイス人アマン(Jakob Ammann 1644-1730ころ)
が、始めた分派で、名は彼にちなむ。
故国での迫害を避けた信徒は
18世紀に米国に移住。

現在もペンシルバニア州を中心に数万人いる。
生活様式はきわめて保守的で、主として
農業に従事。

文明を拒否して、自家製のモノトーン(白、黒、グレー)の
質素な服を着、自動車、電気を使わず
移動は馬車。
子弟の教育も自分達で行う人たちのことを言う。

(以上、広辞苑と百科事典による定義に少し私が補足)




私は彼らのことをかなり以前から
知っていた。
知人がアーミッシュの研究に
渡米すると言うので
少しだが、興味を持ったことがあった。

そして後日、
彼らの詳しい様子は映画
「刑事ジョン・ブック、目撃」で見た。
ハリソン・フォード主演のこの映画は
相手役のケリー・マクギリスと少年がアーミッシュに
扮していて、帽子や服、生活のもろもろがわかる。


できればいつか、行ってみたいと思って
いたが、ペンシルバニア州にしか、
ないと思い込んでいた。

そしたら、オハイオにもあった。
それもここに6万人以上も居住して
独特の地域を作っているのだ。

彼らの生き方、やり方、方式を
認めているアメリカ。
広いから、と言ってしまえばそれまでだが。

現代文明のまっただなかにあって
電気、ガス、車、科学技術を取り入れずに
生活している…。

野菜は自然栽培だから、
化学肥料も使わないし、
促成栽培などしない
遺伝子組み替えやクローンなんて
「なんのこっちゃ?」だろう。

衣類は綿、絹、麻、毛、皮。
染料もきっと自然染料。
売るものは多種多様の色があるが、
自分達が着るものはモノトーン。

ビニールハウスなど、ありはしない。
手作業と、自然界のモノを使って生きる。
だから、そこの空気の澄み切ったこと。
空もきれい。
草も丘も木も森も、美しい。
すべてがそうだから
ひょっとして
アレルギーみたいな
現代の文明病は存在しないかも。

宗教の強さ、信仰をもって生きることの強さ
に圧倒される。

良くも悪くも
ごったなモノに囲まれ、
化繊を身につけ、化学物質を含むものを
口にしている私。

目に見えない有害物質に
汚染されながら、アレルギーに泣きながら
生きている私など、アーミッシュの暮らしは
数日で音をあげそうである。


そういう暮しは
今の私が是としている
便利さからは、ちょっと遠いだろうから。

でも、だからこそ、
アメリカという先進国にあって
いっそ、さわやかではないか。


旅人として
ちょっとだけ立ち寄るアーミッシュを
深く、知ることなどできないのは承知。
彼らの布、キルト、手工芸などを見たい。
外部からの客を拒まないらしいのもうれしい。
観光は彼らの大きな収入源でもあるそうで。


ただ、生活圏なので、
人々の暮らしの写真はご法度。

それで、私は絵葉書を数枚。
子どもたちが歩いているものは、特にお気に入り。



春のアーミッシュ地方



わらのある畑のそばを素足で歩くこどもたち



秋色に輝く収穫のアーミッシュ・カントリー



Remi は「アーミッシュって、よくわからなかったけれど
あなたについてきてよかった」と、
一緒に買い物や見学をとても喜んだ。
お店をまわり、レースや、小物の壁掛けなどを
友人達へのおみやげに。
これもあれも素敵、と。
Remi はたくさんのレース類を、私はマグネットを。
買い物が楽しかった。


生活に必要なものを売っているお店も当然あって。
テラスに木製の椅子がいくつか、あったので
ちょっと座ってみよう、としていたら
それをたった今
購入した人が出てきて
「これなんです」と
指差して、びっくり。
3人で首をすくめた。


Scott は私たちが選んでいる間一緒についてきたり
自分の好きな店に行ったりしていた。

Jennifer曰く
「Scott は、とても辛抱強いのよ」

ランチのとき、Jennifer が食べている
お皿のマッシュポテトを少しもらったんだけど
あれ、おいしかったなぁ。
グレイビーソースをかけていただくの。

帰りの車の中で
助手席のJennifer が
振り向いて、言った。

「2日後に、ね」
「あさってね?」
「そう。例の記者が写真を撮りに来るんだけど
それでほんとにいいか、Remi に
確認してくれないかしら」