「一緒に行ってもらえないかしら?」






Remiの話を聞いたり、
Jennifer にメールを出して
返事を受け取ったり、
それをプリントアウトして、
Remiに渡したり。

そういうことをしながら
ある日
私は、思った。


私が、怠けながらの
英語をやっていたのも
パソコンやっていたのも、
そして、あまり人が持っていない
スキャナを買ったのも
すべて、Remiのこのことのため
だったのではないか、と。



人の役に立てることの
素晴らしさ。


しかし。
実のところ。

私は、最初からRemi たち夫婦と
アメリカへ行くはずでは、なかった。

彼女の知人
つまり、Ted さんを彼女に紹介した人が
同行することになっていた。


この話を聞いた時、私はたずねた。
「で、アメリカには行くのよね」
「ええ、年末年始のお休みにって、
いうことになって…」
「それは早い方がいいわよ。
オハイオで、素晴らしい対面が待ってるわけね。
ウワァ。
なんてすごいことなのでしょう。
私、これくらいコンパクトになるから、サ
ポケットにでも、バッグにでも入れて
連れてってヨ。

必要な時だけ、大きくしてもらってさ。
あ〜、狭いとこは肩が凝るわよ、なんて
コキコキしながら出てきて、
ちょこっとのぞくことにするから。

大丈夫、邪魔なんてしないからサ」


なんて冗談を言ったりしていたのだ。





だから、11月の半ばまでは、
私はいそいそとメールを出したり
受け取ったりするだけだった。
彼らがいつ出発するのか、どこに行くのか、
何泊するのか、など、何も知らなかった。

そのころには
Jennifer や、Jill から、添付で写真も送られてきて
彼らが、Remiの家族であることは
疑いのないことの確信も得られていた。



アメリカに着けば、Ted さんがレンタカーで
John さんたちのところへ連れて行ってくれるし、
通訳は“お手の物”のTed さんだったし。

なにしろ、
Ted さんはツアーコンダクターみたいなことを
しておられるわけで。
これ以上ぴったりの人はいない
そんな人だったのだ。


Remiは、ラッキーだった。
強運がついていた。
こうして書きながら
改めてそう思う。








ところが。

11月半ばのある日。
Remから電話。

「あのネ…」
「うん?」
「言いにくいんだけど、ネ…」
「どうした?」
「お正月休み、私たちと一緒に
行ってくれるなんてこと、
…できないわよ、ね」
「え? どういうことなの?」
「カクカクシカシカで……」

その知人が、都合で行けないことになった、と言う。

「あらまぁ」

「即答はできないけれど
どういう行程なの?」

「え〜と、ね。
コロンバスで6泊。
叔父さんたちにさよならしてから、ニューヨークへ。
あのロックフェラーセンターのクリスマスツリーと
できれば、ミュージカルも見たいの。

グラウンド・ゼロにも行けたらって欲張ったの。
私たちにはこれが初めてのアメリカ本土だし。
めったに
アメリカへなんて行けないでしょう? 

Ted さんは、コロンバスの滞在のあと
コロラドのご自宅に帰るの。
夫は仕事があるから、
ニューヨークから、一人帰国することになっていて。

私とその人は、同じ飛行機が取れなかったので
ニューヨークから、コロラドのTed さん宅で
2泊して、それから帰国することになってたの。

その方が行けなくなったので
私は夫と一緒に帰れないか、と思って
旅行社に電話してみたけど
全然、無理だって。

年末年始は、もうどの日もだめなの。
キャンセル待ちでいっぱいだそうよ。

航空券を見せれば、
だれでもそこまで連れてってくれるなんて
海外旅行に慣れてる人は、言うけど…」







う〜ん

一日だけ返事を待ってもらった。


本心は? 
もちろん、行ってあげたい。
“通訳”なんて自信はない。
そういうことよりも
不安なRemi のそばにいてあげられたら、と
いうのが本音だったか。

ことばができないのに、ニューヨーク以後
一人でコロラドの空港まで
そしてそれから帰国まで
飛行機の乗り換え4回というのは、ちときつい。


あとで旅程を見ると
デトロイト経由ばかり。
どこへ行くにも
必ずデトロイト着、デトロイト発だった。

なんと
13日間に8回も飛行機に乗り換えた!



その夜。
夫と息子に言ってみる。
というか、
言う前に気持ちは、もう決まっていた。

「あのね、年末年始に、
Remi たちとアメリカに行くわ」
息子は
「ふ〜ん。いつからいつまで?
13日間?
オレはスキーに行くから
あまりうちにいないけど。 
ま、気をつけて行ってらっしゃい」

夫は
「小牧まで車で送ってってやろう」
二人とも拍子抜けがするほど、簡単だった。

Remi のことで、私がかなり、
一所懸命にやっていたのを
知っていたわけで。

感動を共有してくれていた家族だった。
私の性格をよく知っている家族だった。


と、言うよりも
私は
言い出したら聞かない。







Remi と私は、
単なるボランティアの仲間より
もう少しだけ
個人的に仲良しでは、あった。


週、1回、7時間をともに働いている。
それが3年近く。
接触は多かった。

彼女は、さわやかな善意を
おしつけがましくなく、さらりとやれるという
天性のものを備えていた。

素直で、自分をきちんと知っているから
つまらない卑下もしない。
そして
どこか、突き抜けたような明るさもあった。

やることはテキパキ
意見はきちんと言う。

どう考えても
不愉快なことがありそうな
旅では、なかった。

一度お会いした
Taka さんは礼儀正しく、
とても話しやすい人だった。



翌日。


「謙遜でなくってね
そう役にも立たないと思うだろうけど
一緒に
行かせていただくわ」