「日本食をつくるわね」








翌日は大晦日。
朝、少しゆっくりとして
あの大きなショッピングモールへ
Tedに連れて行ってもらう。

ここで、3時間。
Remiと二人で遊ぶことにする。
Remiは最初来た時
1階を見下ろして言った。
「あ、TARBOT(タルボット)があるわ」

「何?それ」

大好きなブランドなのだそう。
日本には仙台と小牧にしかないのだそう。
へ〜え。

店内はなかなかシックで、でも
そう高くないものがセンスよく配置されていた。

Remiが
淡いブルーのセーターを試着したいという。
「こういう色って、なかなかないから」
店の女性に「フィッティングルームは?」
案内されて二人で
試着室へ行く。
中で着替えながらRemiが言う。
「ね」

「ん?」

「そこにいてよ」

「はいはい」

「どこにも行かないでヨ」

「わかってるよ」

ここは大丈夫だなと思うと
フラリと気の向いたところへ行く私を牽制。
そのセーターはRemiによく似合っていて、
さっそく購入。

私はローズ色の薄手のカーディガンとスカーフを。

モールのまんなかの通りには、ちょうど、
来年の2003年のカレンダーが半額セール。

「カレンダーってね、安いし、薄いし
いいお土産になるの。1年楽しめるし、ね」

カレンダー類や、丸くまける絵などは
外国へ行く時も帰るときも
そうかさばらず、いいものだ。

私のお勧めのお土産イチオシ。







キチン用品を楽しんで見てまわり
マグネット、マグカップも買い込んで
その度に「まったくこんなに買ってしまってどうするよ」
と、つぶやきながら。

色合いのいいものなどで
「あ、あれ素敵ね」と二人が同時に
棚の上に手を出しても
なぜか、同じものではない。
それがおもしろかった。
私とRemiは買い物や好みの何かで、けんかにならない
趣味が全然違うのだ。


TedとTakaさんが迎えに来てくれて
これから食料品のお買い物。
今夜はRemiと二人で
日本食を作るのだ。

このことは日本からメールしてあった。
Remiと二人で
「お世話になるお礼の意味もこめて、何かつくろうよ、
口に合うとか、合わないとかでなく、
気持ちをうけとってもらえるよ」、と。

日本のものが買えるスーパーへ連れて行ってもらう。
Columbusには日本人が2万人も住んでいると
聞いていた。
なにせ、HONDAの工場があるのだ。
だからホテルのテレビでもNHKが映るようになっている。
アメリカの別の地でNHKは見られないことが多い。

あれこれと選んでいると
Cherylが小声で言った。
「人参とかの野菜なら、Johnのお店にも行くから
買わないように、ね」
「了解」


Remiと「何を作ろうか?」
いい材料が手に入るならいいけど、ね。
私は“すのこ”、海苔、かんぴょうなどを持ってきた。

足りないものや、どうにもちがうなぁ
というものしかなくて
結局。


「海苔巻」と、「いなり寿司」
「肉じゃが」に、「味噌汁」
なぜか「ギョウザ」も急遽、メニューに入れる。


Johnの食料品店には40人ほどが働いている。
Cherylとうろうろとしていると
Johnは黒い少し汚れたエプロンをつけて
お肉の販売をしていた。
こうして社長自らが仕事をしているのね。

私たちを見かけると、スタッフに
何かを言っている。
彼らはそれを聞くと、途端ににっこり。
みんな社長の姪の“奇跡”は聞いているらしい。

「よく来ましたね」
「いらっしゃい」

Remiはにっこりと答えている。
Remiの笑顔はとても素敵。
まっすぐに気持ちが飛んでくる笑顔。
こっちの気分もひょいっと
はずんでくるような笑顔。


日本の2倍はあろうかという
大きなショッピングカートにあれもこれも、と入れていく。
デッカイお店の紙袋を数枚もらって
その中に、ポイポイと入れていく。
買ったも同然の顔して。

写真を撮ったり、店の中を見たり、これも楽しい。
Remi にとっては“おじさんのお店”。
そこで異文化の商品を見る。
楽しくないはずがない。

大体こんなとこね、というころ、
カートを押して、レジの横を通り抜けて出た。

こういうことをしていると
お店つぶれるね、と私。

大丈夫よ
こんなに大きいもん、とRemi。








さて。
Davidが自分の生徒(香港出身)に
炊飯器を借りてくれてあった。

これがなんとふる〜い一物で、
計量カップも、釜の中の目盛りもない!!
もちろん、日本製ではない。
お米も違うし、うまくいった…とは言いがたいが。


ま、外国で日本食を作るってこういうもんよ。

ご飯が炊けているあいだにギョウザの用意。
ニラがないので、ネギで代用。
肉じゃがの用意。
二人で結局、3時間余り。

「手伝う事ある?」

「今のところないわ」

私とRemiが作っているものをものめずらしげに
楽しげに、見ている。
誰かが、音楽をかけてくれた。
「あ、これ好き」
Remiと二人、同時に言った。
サラ・ブライトマンの
「Time to Say Good-bye」
(さよならを言う時。別れの時)

私たちが食事を作っているあいだ
手持ち無沙汰な男たち数人は
どこかへ出かける相談がまとまったようだ。


帰ってきたTakaさんが私とRemiに
「ハイ、プレゼント」とか、言いながら
手渡してくれたもの。

それは
あのCD。
タイムトゥセイグッバイ。

うわぁ、うれしい。ありがとう。
壊れないようにタオルに包んで持って帰って
大事に大事に聞いている。

ちなみにTakaさんは音楽鑑賞が趣味で
自宅には2000枚のCDを持っているそう。


のり巻を切って盛り合わせ、
しょうがをバラの花にしていたら
Scott がカメラを向けた。









ごはんが炊けるのを待つ間
居間に
Ted とTakaさんとRemi、それに
私の4人だけになったことがあった。

暖炉が燃え、クリスマスツリーが美しい居間。
「Remi、今がその時よ。
John に尋ねたいことがあったんでしょう?」
ソファに腰をかけて
Tedが「いいですよ」
通訳サンが仕事の顔。

Remiは父、トミーが
16歳という若さで、それも高校生で、
軍隊に志願した理由を知りたかった。
トミーは高校を中退したのだ。
当時
トミーの父も食料品店を経営(Johnの店とは違うが)
していて、それほど貧しくなかったのに、

なぜ?

これはRemiの大きな疑問だった。
でもその結果、彼女の母と九州で知り合い、
Remiが生まれたのでもあるが。


Johnは「いいよ。何でも聞いておくれ」と。
4人が、向かい合ってソファに座る。
Tedが低い声でRemiのことばを伝える。

Johnが深くうなづいて大きく息をついた。
「あの頃はね…」

私たちは黙って待つ。
沈黙があった。
下を向いた彼の顔が、見る見る紅潮してくる。
次のことばが、出ない。

握り締めた手が小さく震えている。
Tedが何か言った。
「あ、いや、大丈夫だよ」
口元を抑えた手、
めがねをはずす手。
くっと、Johnの喉がなる。
ややあって
鼻をすすり上げるJohn。

思いがけなかった。

トミーが志願兵になったころ
Johnは7,8歳だったろうか。
そして、その少し前に
彼らの両親は離婚した。

その後
John は母の住むバージニア州に住んだり
父のもとへ帰ってきたり、という生活をしていたようだ。
トミーの父からRemiの母にきた手紙にはそうあった。

そしてトミーが戦死した時、Johnは11歳だった。

Remi はTed に、「もういいですって言ってください」

もういい。
じゅうぶんです。
John。
子ども心にどんなにつらかったか。

そばにいる私たちも、もらい泣きしてしまった。
Remi はJohn の腕に手を回し
もういいのよ、というように肩に頭を乗せた。
Remiの手をやさしくポンポンと抑えながら
「すまない」
John は小さな声で言った。


高校生だったRemiの父、トミーが
家を出て、わずかでも給料をもらいながら
自活する事ができるのは
軍隊しか、なかったのだ。





さて、なんとか格好がついた、夕食。
味噌汁や、お寿司をこれまた私のお粗末な説明で
ああだこうだ、と。

「ボクは、いなり寿司が大好物です」。
日本で生まれ育って25年住んだ
Tedならではのおことば。