Joyの家

 



 
行く途中、バスの中で思っていた。ああいう時、ほとんどが、「いいえ、けっこうです」ってことわるんだろうなぁ。
 Joyは多分朝から、あそこに立って、誰かを物色していたわけで。私に声をかけたのは、実にグーな選択だったというか、目が高かったというべきか。
 あのセンターへ来る旅行者は、当然「B&B」を探しているわけだし、少しは英語を話すだろう。それにどう見ても私は日本人の中年の女なのだ。
 日本人は値切らないし、信用度が高いそうだ。それにもう一つ、連れがいてはいけなかった。Joyの部屋は一人しか泊まれない。私が列の最後尾に並んだ途端に声をかけてきた。タイミングはバッチリだった。
つまり私は、彼女の“おめがね”にかなったのだ。こんなこともかなりあとになって、だんだんわかってきた。 

 石の道路に面した家並みの一つ、Joyの家はとても小さく、そしてとても古い三階建てだった。200年も前に建てられたのだそうだ。ドアを開けてくれて中に入ると、すぐに居間。狭いけれど、居心地よく一見して家具の好みもいい感じ。cozyってこういうの?
 ふかふかの絨毯は歩く度に、体重を吸ってくれる。なにしろロンドンの道路は石畳ばかりだもんね。ピアノと暖炉と気持ちよさそうなソファが2つ。全体に渋いピンクで統一されていた。
狸ほどもありそうな、
でっかい黒ねこがのっそりと、ソファから下りてきた。あらァ、ねこちゃん、としゃがんで、コショコショとのど元をなでてやると、グルグルのどを鳴らして甘える。
 ロンドンのねこは
目も青いの。知ってた?

               
 あなた、ねこお好きなのね。
                   ええ、とても。


 さ、こちらよ、と案内してくれたのは2階。らせん階段を上がると白いドア。中は思いがけず、メルヘンっぽい。若い女性の部屋って感じ。テレビ、ダブルベッドにクローゼット、鏡台。壁の絵もアレンジの花もいい。
 わぁ、と思わず顔がほころぶ。隣の部屋がバスルーム。大きな鏡の洗面台。カーテンの代わりに透明の大きなおりたたみのガラスで、バスタブがしきられるようになっている。
 ここにも
[Wow]
 Joyはにっこりとして、

 「気に入った?」
 
「ええ」 


Joy とネコちゃん。「写真を撮らせて」「ダメダメ」「一枚だけ」
と言ってカメラを向けると、とたんにサッとこの笑顔。



 階下へ下りると、Joyはキーホルダーについた2つのカギを出して、ドアの外からそれを使って開けたり、ロックをかけたりして見せてくれた。
 「ほら、こうして、2つで開けなくては開かないの。ロンドンは無用心だから、ほとんど1つってことはないわ」 私にも試させてから中に入る。

 ソファに向かい合い、私にそのカギを渡すと、Joyはまっすぐに私を見て言った。
 
「ほら、私はあなたにうちのカギをお渡ししたわ。だからあなたも私に今、お金を払っていただくわ。そうね、一晩£27(5400円)ではいかが?今夜からだから、3日分ね」
 「あ、いえ、私は今夜はホテルにもう支払い済みなので」と言うと、あら、明日からなのォ? とちょっぴりがっかりの様子。
 
「でもいいわ、じゃ明日、いつでもいらっしゃいな」
 私は£54を渡し、2つのカギをしっかりとにぎりしめて、Joy の家を出た。

             
キャッホー!


 私は
「普通の家庭に泊まりたい」と、ロンドンに来る前から思っていた。こどもたちが出て行って、空いている部屋を貸してくれるというような。でもどうやってそういうのを見つけてよいかわからなかった。その希望にピッタリのところなのだ。

 それに、少しお年を召した女性を、私は好きだ。
 マナーがいいし、世話好きで安心だ。
 ああ、看板を出しているのではない「普通の家庭」に泊まれそうだ。まさに降ってきたようなラッキーさ、願ったりかなったりであった。
 
 
Yokoちゃ〜ん、なんだか素敵なことになってきちゃったよ。
 こんなことってあるのねぇ。

       (Yokoは私の滞在中、2、3日ごとに、
     彼女の方から電話をかけてくれることになっていた)








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